サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

三位一体とサタンの誕生

創世記1:1~3ヨハネ福音書1:1~3:14から三位一体を説明していきたいと思います。ご存知ですか?

創世記1:1と1:2の間には、再創造がなされていたことを!

そこには、いったい何があったのか?

神は、サタンを初めから造られたのか?…

 

創世記1:1ー初めに、神が天と地を創造した。

原語(ヘブル語)では、「神」=「エロヒム」が使われています。この語は、三つ以上のものを表す複数形です。「創造した」=無から造り出すの意。cf エレミヤ10:11

 

あっ☆ちなみに「エロヒム」は、バナナやぶどうなどを数える時の「一房、二房」の「房」と同じような感覚です(^_^)

 

cf 創世記1:31ーそのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。こうして夕があり、朝があった。第六日。 

神さまが造られた世界は完璧のはずですよね!? なのに1:2を読むと混沌とした状態であることが分かります。不思議だと思いませんか?

 

創世記1:2ー地は形がなく、何もなかった。やが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。「神の霊」=聖霊

ユダヤのラビ的表現では、「神の霊は最古の混沌の上を鳩のように動き、飛び交い、秩序と美を吹き込んだ。」バークレー)となります。

 

 創世記1:11:2の間には「何か(罪)」が起こり、その結果、神が造られた世界が「混沌とした状態になった」ということが考えられます

いったいその間に何が起こったのか…?それを知る一つの出来事がエゼキエル書28:12~15です。

 

この箇所は第一義的には歴史上の人物として「ツロの王について」第二義的には「神のご臨在の前から追放される以前のサタンの型」です。

 

イザヤ書14:12~15をKing James Version(欽定訳)聖書でみると「暁の子」が「ルシファー」という名で記されています。名前を持つ天使は位の高い天使です。他には「ガブリエル」や「ミカエル」などが聖書には登場します。 

 

〜天使の位〜

⑴ ケルビム(単数形:ケルブ)…最高位の天使。「護衛」「覆う」という意味。cf エゼキエル1:5~28、10:1~22、他。

サタンは堕落するまでは「ケルブ」として、エデンの園の管理を担当していました。最高位の天使だったため、追随する天使が大勢起こされたのです。

 

セラフィム(単数形:セラフ)…ケルビムの下の位。「燃えている者」という意味。イザヤ書黙示録にのみ登場。

 

⑶ 天使長…名前を持つ天使。

 ガブリエルー「神から出た力ある者」という意味。

 ミカエルー「誰が神のようであろうか」という意味。

 

⑷ それ以外の無名の天使たち…一般の天使たち。

 

エゼキエル28:12~15を見ると、ルシファーは最初の人アダムが造られる前にエデンの園の管理をまかされていました。“全きものの典型”(12節)とは、完全であったということです。そして美しかったということも分かります。

 

“守護者ケルブ”(14節)ー“ケルビム”の単数形で「御使い」を指します。“火の石”とは「宝石類」のことです。15節の出来事イザヤ14:12~15です。

 

イザヤ14:13~14五つの“I will”を用いて「神のようになろう」という意志表示をしています。被造物である天使が、創造主である神のようになりたいと思うのは高慢です。

 

cf 箴言16:18ー高ぶりは破滅に先立ち、

心の高慢は倒れに先立つ。

 

こうしてケルブだった御使いルシファーは、天から落とされ神に敵対するもの誹謗中傷するものとなりました。その時ルシファーに従った御使いが悪霊と化したのです。神は初めからサタンや悪霊を造られたのではありません。自らの自由意志でなったのです。

 

神のご臨在の前(聖所)は墮天使によって汚されてしまったので、キリストご自身の血によって聖められましたーヘブル9:11~12。 

ルシファーの代わりにエデンの園の管理をまかされたのがアダムですー創世記2:8

 

一方、サタン(墮天使ルシファー)は「神のようになりたい」という思いをエバに吹き込み、そそのかしました創世記3:5

 

創世記1:3ーそのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。

神は人間のように手で物を造られたのではなく、「ことば」(ロゴス)によって造られた。そして…

 

創世記1:3の「光よ。あれ。」のことばは、ヨハネ1:1ー初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。と紹介されています。

 

ヨハネ1:1の「初めに」は、創世記1:1の「初めに」と同じ意味で時間の存在以前、永遠性を示唆しています。「ことば」は「ロゴス」。「あった」は、原語では未完了形で、「これからも永遠的におられる」の意。“ことばは神であった!”アーメン

 

ちなみに、ローマ10:17ーそのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。この「みことば」も「ロゴス」です。今日もロゴスなるキリストを証し出来ますように♪

 

すべてのものは、この方(ことば=御子イエス)によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。ーヨハネ1:3

創造のみわざに御父と御子が関わっています

 

創世記1:3で「光よ。あれ。」とのことばそのものが、ヨハネ1:14「ことばは人となって私たちの間に住まわれた」神の「ひとり子」イエス キリストです。

 

ヨハネ1:14ーことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

 

では、御霊は…?

神の霊は創世記1:2に登場しています。

 

創世記1:2ー地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。

 

神の霊は水の上を動いていた…「水の上にあり」と「神の霊は」の間には “and but” という接続詞があり、そこには希望があります。神ご自身が、ご自分で造られた地球を大切に抱え守っている、という意味があるそうです。ここのイメージをよく現わしているのが、申命記32:11です。

 

cf 申命記32:11ーわしが巣のひなを呼びさまし、

そのひなの上を舞いかけり、

翼を広げてこれを取り、

羽に載せて行くように。

つまり、創世記1:1~3に「三位一体なる神」が創造主として登場しているのです。

 

創世記2:7ーその後、神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで人は生きものとなった。原語では「いのちの息」の「息」と詩104:30ー「御霊」は、同じことば。

 

肉体は地のちりから造られ(元素は同じ)、その鼻に「いのちの御霊」を吹き込まれて初めて神の目から見て「生きもの」となったのです。

 

イエスは「“人は(肉体を生かす)パンだけで生きるのではなく、(霊を生かす)神の口から出る一つ一つのことばによる”と書いてある」ーマタイ4:4ーと言われました。

 

しかし、残念ながら神に吹き込まれたこの「いのちの霊」の部分は、エデンの園で善悪の知識の木の実を食べた瞬間、死んでしまったのです。cf創世記2:17罪を犯した後の二人は、神を避けるようになり、その二人から生まれたのが人間のご先祖様です。

 

「生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです」第一コリント2:14

 

神との関係を修復するために、死んでしまった「霊」の部分をどのように回復することができるのでしょう…?

 

ヨハネ1:12~13ーしかし、この方(御子イエス)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ神によって生まれたのである。

 

そして神は、信者の内(心)に再び御霊を住まわせてくださったのです。

cfヨハネ14:17ーその方は、真理の御霊です。…中略…その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。

 

そればかりでなく、ヨハネ14:23には「御父も御子も信者のうちに来て、ともに住んでくださる」とあり、ここにも三位一体なる神の実態と働きがあることが分かります。ハレルヤ!

 

今日も三位一体なる聖書の神とともに歩めますように。アーメン!

 

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