サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

ダニエル書 1章

さて、黙示録の後は定番のダニエル書にいきますか…!

ダニエル書はね、三つに区分できるのですが、大抵使われるのはそのうちの二つかな?!(①と②ね)

でも知りたい人のために三つとも書いとくね。

 

①内容による区分。

1〜6章…歴史。7〜12章…預言

②言語による区分。

1章へブル語ーダニエル個人の紹介。

2〜7章アラム語ー異邦人諸国に関する預言。

8〜12章へブル語ー異邦人諸国におけるユダヤ人の預言。

③各預言や各テーマを基にした区分。

 

イエス様が誕生した時に、東方の博士たちが訪ねて来ましたが、彼らはダニエル書のアラム語の部分(2〜7章)を学んでいたため、「ユダヤ人の王」の誕生に気付くことができたのです。

こうしてダニエル書とマタイの福音書が結びつくのです。聖書って凄いよね〜。

 

ダニエル1:1ーユダの王エホヤキムの治世の第三年…BC605年。

バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムに来て、これを包囲した…これが第1回目のバビロン捕囚です。捕囚は全部で3回。(BC605年、597年、586年)

 

何故 南ユダ王国にバビロン捕囚が起こったのでしょう?

原因は二つありました。

 

(1)ユダヤ人たちが7年毎の安息の年を守らなかったため。cf レビ記25章。

cf Ⅱ歴代誌36:21ーこれはエレミヤにより告げられた主のことばが成就して、この地が安息を取り戻すためであった。この荒れ果てた時代を通じて、この地は七十年が満ちるまで安息を得た。

 

cf エレミヤ25:11ーこの国は全部、廃墟となって荒れ果て、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。

 

(2)偶像礼拝の罪のため。

cf Ⅱ列王記21:1~15、Ⅱ歴代誌36:14~20、エレミヤ44:20~23。

偶像礼拝の罪を犯したユダの人々は、世界の偶像礼拝の中心地であるバビロンに連れて行かれたのです。

 

この捕囚という悲惨な経験により、この後ユダヤ人たちは民族的に偶像礼拝の罪を犯すことがなくなりました。彼らの悔い改めの結果は、律法厳守へと傾き、多くの口伝律法が作られていきました。

 

ハンドルを切り過ぎた感じですよね。f(^^;;

 

現在でもイエスを歴史上の人物として認めつつも、イエスを信じるということは偶像崇拝になると考えているのです。しかし、このイエスをキリスト(メシア)として信じることが出来なければ、たとえ神の契約の民といえども救いはないのです。

 

cf 使徒4:10、12皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってください。この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらさせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。

この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。

 

ダニエル1:2ーシヌアルの地…偶像礼拝が始まったニムロデの王国であり、バベルの塔が建設された地です。

cf 創世記10:8~12、11:1~4。

 

ネブカデネザルの偶像の名は「ベル」です。彼がイスラエルの神殿の器具の一部を略奪し、それを自らの偶像の宮に置いたということが、後のバビロンの崩壊の原因となりました。

最終的に、これらの神殿の器具はエルサレムの「第二神殿」建設の際、戻されました。

 

*神を恐れる人は、神以外のものは何も恐れなくなります。しかし、神への恐れがない人は、人を恐れるようになるのです。

 

マタイ10:28ーからだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだもともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。

*滅び…不信者も永遠に生きられるからだに復活させられ、ゲヘナ(火の池)で永遠に苦しむことになること。

 

バビロン捕囚直前に、それまでソロモンの神殿(第一神殿)の至聖所にあったシャカイナ・グローリーは、神殿の東側から四段階でイスラエルから去り、神の元へ帰って行かれました。

 

その頃のエルサレムの町の人々は、生けるまことの神から離れ、偶像崇拝に染まっていました。

その彼らに悔い改めを迫るように、シャカイナ・グローリーは段階を経て、至聖所から神の元へと去って行かれたのです。この「段階を経て」というところに、神の愛と忍耐があるのです。

 

【第一段階】

エゼキエル9:3aーそのとき、ケルブの上にあったイスラエルの神の栄光が、ケルブから立ち上り、神殿の敷居へ向かった。

エゼキエル10:4主の栄光がケルブの上から上り、神殿の敷居に向かうと、神殿は雲で満たされ、また、庭は主の栄光の輝きで満たされた。

 

【第二段階】

エゼキエル10:18主の栄光が、神殿の敷居から出て行って、ケルビムの上にとどまった。

 

エゼキエル10:19ーすると、ケルビムが翼を広げて、私の前で、地上から上って行った。彼らが出て行くと、輪もそのそばについて行った。彼らが主の宮の東の門の入口で立ち止まると、イスラエルの神の栄光がその上をおおった。

 

【第三段階】

エゼキエル11:23ー主の栄光はそのまちの真中から上って、町の東にある山の上にとどまった。

 

*町の東にある山…オリーブ山のこと。

ユダヤ人の伝承では、シャカイナ・グローリーは、この山の上に3年半とどまったと言われています。メシアの公生涯を思わせる期間ですよね。

 

【第四段階】

エゼキエル11:24ーまた、霊が私を引き上げ、神の霊によって幻のうちに私をカルデヤの捕囚の民のところへ連れて行った。そして、わたしが見たその幻は、私から去って上って行かれた。

 

*シャカイナ・グローリーは、オリーブ山から天へと戻って行かれました。

まるで地上での公生涯を終えられた主が、昇天されたかのようです。

 

〜契約の箱〜

バビロン捕囚は、BC605年、597年、586年の3回にわたって起きました。ダニエルたちが引いて行かれたのは、その第1回目の時です。バビロン軍は毎回、エルサレムの神殿から金や銀の器具を略奪して行きました。

 

至聖所に置かれていた契約の箱は、木製で金がかぶせてありました。cf 出エジプト記37:1~2。

通常、このような器具はかぶせてある金だけを剥がして持ち去ります。

3回目の捕囚の時、バビロン軍により神殿そのものが焼かれてしまいました。

 

従って、神殿そのものが焼かれた時、金を剥がされた契約の箱もいっしょに焼失したと考えられます。 

Ⅱ歴代誌36:19ー彼らは神の宮を焼き、エルサレムの城壁を取りこわした。その高殿を全部火で燃やし、その中の宝としていた器具を一つ残らず破壊した。

 

事実、捕囚から帰還後に再建された第二神殿には、契約の箱はその中にはありませんでした。

一方、バビロンに持ち去られた金や銀の神殿の用具は、五千四百個が戻されました。cf エズラ記1:11。

 

契約の箱が無いということは、つまり神の栄光=シャカイナ・グローリーが至聖所の中から消えていたことを示します。

そのシャカイナ・グローリーが、受肉された神の御子イエスの内に輝いていたのです。それが表面に現われたのが、イエスの変貌(マタイ17:1~8)の出来事です。

 

AD70年に、ローマ軍により再び神殿が崩壊されると現在に至るまで、イスラエルには神の神殿がない状態が続いています。

 

シャカイナ・グローリーは今、メシアを信じる者の心に、三位一体なる神の内住により宿っているのです。

 

そのため、私たちはゲリジム山でもなく、エルサレムでもなく、霊とまことによってどこででも神を礼拝することができるのです。cf ヨハネ4:19~26。

 

ヨハネ14:17ーその方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。

 

ヨハネ14:23ーイエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたち(御父と御子)はその人のところに来て、その人とともに住みます。

 

1コリント6:19あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まわれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。

 

では、契約の箱は現在はどうなっているのでしょう?

ソロモンの神殿にあった契約の箱は、3度目のバビロン捕囚の際、焼失してしまいましたので、もうこの地上にはありません。

しかし、イスラエルの民と契約を交わされた神様は、契約の原本として、天にある神の神殿に保管されているのです。

 

黙示録11:19aーそれから、天にある、神の神殿が開かれた。神殿の中に、契約の箱が見えた。

 

*人間側が契約の箱を失ってしまっても、真実なる神はご自身の契約を忘れずにいてくださるのです。そして契約されたことをすべて、必ず成就してしてくださるお方です。

 

*したがって、イスラエルの民との契約は、現在でも有効であり、決して破棄されることはないのです。

この真実なる神様に、栄光が帰されますように。

私たち異邦人信者のうちに宿られる神様の栄光(シャカイナ・グローリー)が、私たちを通して現われますように。アーメン。

 

ダニエル1:3ー宦官…おもに「政府の高官」を指す言葉。狭い意味だと「去勢男子」を意味します。ここで宦官の長アシュペナズが去勢男子であったかどうかは不明です。

 

バビロンの王、ネブカデネザルは宦官の長アシュペナズに命じて、イスラエル人の中から人材を選ばせたのは、彼らにバビロンの教育を施して、政府の高官に育てあげ、バビロンの忠実にユダヤ人を統治させるためでした。

 

また、彼らには「人質」としての役割もありました。彼らがバビロンの王宮にいる間は、捕囚の民であるイスラエル人たちも反乱を起こすことはないだろうと考えたからです。

 

ダニエル1:4ーここには、選ばれる少年たちの条件が列挙されています。

少年…年齢が15~20歳くらいの男子。

王族か貴族の出身…ダニエルは、ユダ族の出身であり、ダビデの家系(王族)でした。これは、イザヤがヒゼキヤに語ったことばの成就でした。

 

cf イザヤ39:7ーまた、あなたの生む、あなた自身の息子たちのうち、捕えられてバビロンの王の宮殿で宦官となる者があろう。

(Ⅱ列王記20:18)

 

身に何の欠陥もなく…肉体的に五体満足な者。

容姿は美しく…整っていること。

知恵、知識、思慮に富み…学力があり、人格的にも申し分のないこと。

宮廷に仕えるのにふさわしい者。

カルデヤ人(バビロンのこと)の文学と言語であるアラム語を学ぶ能力のある者。

 

ダニエル1:5ー選ばれた少年たちには、王の食べるご馳走と王の飲むぶどう酒が与えられました。

そして、3年間の教育期間終了後、王宮で仕えることが期待されていました。

 

ダニエル1:6ー選ばれた少年たちの中には、ユダ部族の4人の少年たちがいました。

たれらの名前は、すべてイスラエルの神と関係のある名前でした。

ダニエル…神は審判者。

ハナヌヤ…主はあわれみ深い。

ミシャエル…誰が神の救いか。

アザルヤ…主は私の助け。

 

ダニエル1:7ーその彼らにバビロンの宦官の長は、カルデヤ人の名前を付けました。

 

ダニエル→ベルテシャツァル…彼の名には神が宿っている、の意。

ハナヌヤ→シャデラク…アク-バビロンの月の神-の命令、の意。

ミシャエル→メシャク…誰がアクのような神か、の意。

アザルヤ→アベデ・ネゴ…ネボ-バビロンの国家神-のしもべ、の意。

 

ダニエル1:8ーダニエルたちが最初に直面した問題は、食事に関するものでした。3年間 彼らは王の食事と同じものを食べることになっていましたが、異郷の地での異教の王の食事と同じ者を食べるということは、モーセの律法に従って生きるようにされたイスラエル人にとっては大問題でした。

 

そのため、ダニエルは宦官の長アシュペナズに、ネブカデネザル王の食物とぶどう酒を避けさせて欲しいと願いました。

 

ダニエル1:9ーここに神様の摂理が働いています。神様は宦官の長に、ダニエルをいつくしむ心を与えられました。

かつてヨセフも監獄で、看守の好意を勝ち得たことがありましたが、それと同じことが起こったのです。

 

ダニエル1:10ー宦官の長アシュペナズは、ネブカデネザル王からダニエルたち4人を養育するように命じられていました。 王さまを恐れている…王の命令に背いて、王と同じ食物や飲み物を与えず、彼らが他の少年たちより元気がなくなってしまったら、任務怠慢の罪で死刑にされるからです。

 

いくらダニエルをいつくしむ心を与えられていても、アシュペナズにはそこまでの勇気がなかったのでしょう。

 

ダニエル1:11ーダニエルはすぐには諦めませんでした。宦官の長アシュペナズが任命していた彼らの世話役に、直接願い出て言いました。

 

ダニエル1:12ー「十日間試してみて欲しい。」と。

野菜…地面に種を蒔いて、収穫するもの全部を指します。そこには野菜だけでなく、大麦、小麦などの穀物や豆類なども含まれます。つまり、現代風に言うと、シリアルのことですね。栄養満点です。

 

ダニエル1:13ーダニエルは十日間だけ試して、顔色を見比べて欲しいと願い出た上で、その後の判断を世話役に委ねています。つまり、なすべきことをすべてやったら、神様にお委ねするということです。

 

ダニエル1:14ー世話役はダニエルのこの申し出を聞き入れてくれました。

 

ダニエル1:15ー十日後に調べてみると、野菜(シリアル)と水だけで生活したダニエルたち4人のほうが、ほかの少年たちよりも健康状態が良かったのです。

 

余談ですが、依然インターナショナルの保育園で働いていた時に、ユダヤ人のお子さんを預かったことがあります。保育園でのおやつタイムやお誕生会でも、「果物と水以外は、絶対に同じ物を与えないで欲しい。事前にお誕生会の日と教えてくれたら、家から聖別した物を持参する。」と言われていました。正統派のユダヤ人たちは、現在でも徹底しているのです。

 

ダニエル1:16ーそのため、世話役はダニエルたち4人には野菜と水だけを与えることにしました。彼らに与えられるはずだったごちそうとぶどう酒をとりやめたので、この世話役の見入りはかなりあったと考えられます。

 

ダニエル1:17ー神様はこの4人の少年たちに知識とあらゆる文学を悟る力をと知恵を与えられました。

特にダニエルは、すべての幻と夢とを解く賜物をお与えになったのです。

 

ダニエル1:18ー3年間の教育期間が終わると(cf ダニエル1:5)宦官の長アシュペナズは、彼らを王の前に連れて行きました。

教育の成果を試すためです。

 

ダニエル1:19ーダニエルたち4人のユダヤ人は、他国から連行され、同じような教育を受けて来た少年たちの誰よりも優れていました。

そこで彼らは王に仕えることになった…政府の要職に就いたということ。

 

ダニエル1:20ーさらにネブカデネザル王が彼らに質問してみると、知恵と悟りのあらゆる面で、バビロンのどんな呪法師、呪文師よりも十倍優れていることがわかりました。

 

ダニエル1:21ークロス王の元年…この年、ユダヤ人はバビロン捕囚から解放されました。つまり、ダニエルはバビロン捕囚の全期間と、さらにペルシャのクロス王第3年に至るまで活動していたことになります。cf ダニエル10:1

 
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