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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

時が満ち、神の国は近くなった。

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これは主イエスが、ガリラヤで神の福音を宣べて言われたことばです。つまり、今から二千年も前の遠い昔に『時は満ち』『神の国は近くなった。』と言われたのです。

 

これはいったい どういう意味なんでしょう?

マルコの福音書1章は、礼拝のメッセージでも何度か聞いたことがあります。福音書ですから、比較的理解しやすい内容であることも事実です。しかし二千年も前に『時は満ち』と言われたのに、まだ『満ちた』という感じはありません。

『神の国は近くなった。』と言われたのに、二千年経っても『神の国』の実感はありません。

 

以前聞いた礼拝メッセージでは、「『神の国は近くなった』というのは、信者の心を支配される主のことを意味します。主が心の王座に座して、神中心に支配される人々の中に『神の国』は存在するということです。」とのことでしたが…。

 

メシアの到来(初臨)は、旧約聖書の預言書に何度も繰り返し預言されています。

最初のメシア預言として有名なのが、創世記3:15の『原初福音』です。

 

創世記3:15ーわたしは、おまえと女との間に、

また、おまえの子孫と女の子孫との間に、

敵意を置く。

彼はおまえの頭を踏み砕き、

おまえは、彼のかかとにかみつく。

*メシアは『女の子孫』として誕生することが預言されています。

【解釈学】*重要!

同じ節に同じ言葉が2回出て来る場合は、同じ意味となります。

・女の子孫→メシアの誕生は、超自然的な懐妊による。

将来的には、黙示録で語られている7年間の患難時代に出て来る「反キリスト」も、サタンを父として女を通して登場(誕生)します。

 Ⅱテサロニケ2:9~10aー不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、

また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。

*反キリストの生涯は、キリスト・イエスに敵対するものなので、すべてにおいてキリストの真似をする形となります。

 

ですから、サタンは『女の子孫』としてメシアが誕生しないように、女の子孫を絶やそうとして、創世記6章にあるように墮天使を用いて『ネフィリム』を生み出しました。

 

創世記6:4~5ー神の子(墮天使)らが、人の娘たちのところにはいり、彼らに子どもができたころ、またその後にも、ネフィリムが地上にいた。これらは、昔の勇士であり、名のある者たちであった。

主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。

ネフィリム…語源は『落ちる』の意。堕落した者たち。

 

創世記6:12ー神が地をご覧になると、実に、それは、堕落していた。すべて肉なるものが、地上でその道を乱していたからである。

*5節と12節が、洪水の理由です。

ネフィリムは、天使でも人間でもなく、サタンによる掛け合わせですから、ネフィリムという新種』の繁殖はありません。

*このとき、ネフィリムを生み出し、『女の子孫』を妨害しようとした墮天使たちが『タータラス(1ペテロ3:19の “捕われの霊たちのいる所”)』に閉じ込められたのです。

 

1ペテロ3:19ーその霊において、キリストは捕われの霊たちのところに行ってみことばを宣べられたのです。

*原文には『みことばを』はありません。『宣べられた』と訳されていることばは、ギリシャ語で『ケイルッソ=宣言する』ということばです。つまり、メシア誕生を阻止しようとした働きは、失敗に終わったことを宣言されたのです。

 

*そしてこのとき、『女の子孫』はノアとその家族が『箱舟』によって守られたのです。

 

『女の子孫』がどのように誕生するのかを、初めて預言したのがイザヤです。

イザヤ書7:14ーそれゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。

*その成就が、マタイ1:20~23です。

 

旧約聖書に記述されている出来事の多くは、天の御国やキリストの『型』だったり、後に起こる事(本体)の『影』だったりします。

 

osusowake.hatenablog.com

 

罪を犯した人間のために、神ご自身が贖ってくださる『型』となっているのが『ルツ記』ーそこには異邦人の救いも示唆されています。その贖いの具体的な方法が記されているのが、イザヤ書53章であり、その預言通りに主イエスは十字架に付けられました。

 

サタンとしては、墮天使を送り、ネフィリムを生み出すことによって、メシアの初臨を妨害したかったのに失敗しました。メシアは聖書の預言通りに、人間の子ども(赤子)として誕生しました。

 

だからサタンはヘロデ大王を使って、御子が誕生した時、ベツレヘムとその近郊に住む2歳以下の男の子を皆殺しにしたのです。

 

しばらくはナザレで、普通に父ヨセフの仕事を継いで『大工』として生活されていたので、特に妨害は入らなかったようです。

祭司がデビューする歳、30歳でイエスは養父ヨセフの仕事を離れ、天の御父の仕事に就きました。それがこの時ー『時は満ち』です。

 

ヘブル4:14ーさて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の御子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。

 

*今、イエスは天で『大祭司』として、私たちのためにとりなしをしてくださっています。

 

ヘブル7:25ーしたがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。

 

神の御子イエスが人となって、この世に生活されていた時代はまだモーセの律法に従う『旧約時代』でした。

 

旧約の預言者たちが『新しい天と新しい地』について預言しているのは、メシアによってもたらされる『神の国=千年王国=御国の時代』を意味します。

 

私たちが今、『新天新地』ということばから想像するのは、『完成された天の御国=神の都エルサレム』であり、もはや『死』のない世界であり、それは新約聖書ヨハネの黙示録21~22章になって初めて明かされた『奥義としての御国』です。

*ここをきちんと理解していないと、誤解を生じます。

 

ですからここで、イエスさまが言われた『神の国は近くなった。』というのは、メシアが『王』として統治される『千年王国=メシア的王国』のことです。

 

〜ちょっとここで、『神殿』のお話〜

時は、BC1095年…それまで神がさばきつかさらを通して治めて来られたイスラエルの国に、民が望み、初めての『王』がベニヤミン族から誕生しました。それが『初代王、サウル』です。

 

二代目以降は、創世記49:8~10の預言通り、ユダ族からダビデ王が誕生し、バビロン捕囚まで『ダビデ王朝』は続きます。

ダビデの息子である三代目王ソロモンは、父ダビデの意志を継ぎ、立派な神殿を建てました。その至聖所には『契約の箱』が置かれ、神の栄光=シャカイナグローリーがその上にご臨在されたのです。

 

栄華を極めたものの晩年には偶像崇拝の罪に陥り、その息子レハブァムの時にイスラエル王国は遂に北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂してしまいます。

 

やがて北イスラエル王国はアッシリヤ捕囚へ。そして南ユダ王国も、BC605年から三度に渡り、バビロンへ捕囚の民として引いて行かれました。捕囚となる前に『シャカイナグローリー』は段階を経て、神殿から去り、オリーブ山から天へ帰って行かれました。エゼキエル書8~11章。

 

一度目はダニエルたち、王族・貴族から若く優秀な者たちが、二度目のBC597年にはエホヤキン(エコヌヤ)たち王族が、三度目のBC586年には、一般の人々が捕囚となり、神殿や宮殿の物は奪われ、エルサレムの町には火が放たれました。

 

バビロン捕囚の主な原因は二つ。

偶像崇拝の罪…そのため、偶像崇拝の中心地だったバビロンに移されたのです。エレミヤ44:20~23。

②土地の安息を守らなかった罪…サウル王が即位したBC1095年〜第一回バビロン捕囚のBC605年までの490年間、七年に一度の『土地の安息』の規定を民族として守らなかったため。Ⅱ 歴代誌36:21。

 

バビロニア帝国を倒したペルシャの王クロスによって、捕囚から帰還し、神殿再建に取り組みますが、北イスラエル王国のアッシリヤ捕囚から帰還した人々の中から妨害が入り、15年間神殿再建工事は中断されてしまします。

 

ダビデ王朝の血を引くゼルバベルが総督となり、神殿建設を続行し、遂にBC516年に完成しました。しかし、この『第二神殿=ゼルバベルの神殿』には、シャカイナグローリーが戻って来ることはありませんでした。

 

やがてこの『第二神殿=ゼルバベルの神殿』もローマ軍によりBC37年に破壊され、それを時のユダヤの王となっていたエドム人ヘロデが、ユダヤ人のご機嫌を取り『王』としての地位を堅く守るために、大改修工事を始めるわけです。こうして、ゼルバベルの神殿は『ヘロデの神殿』と呼ばれるようになりました。

 

イエスさまの時代はまだ、大改修工事の途中でした。

ヨハネ2:20~21ーそこで、ユダヤ人たちは言った。「この神殿は建てるのに46年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのです。

 

どれほどの年月と経費をかけようと、たとえ人々から『ヘロデの神殿』と呼ばれようと、イエスさまの時代にあったエルサレムの神殿は、神が「再建せよ。」と命じられた『ゼルバベルの神殿=第二神殿』なのです。

 

なのになぜ、シャカイナグローリーが戻って来られなかったのか…?

戻って来られなかった…⁈ ほんとに…⁈

 

いいえ‼ シャカイナグローリーは、ちゃんと戻って来られたのですよ‼

 

御子イエスのうちに、内住されてね‼ その証拠が、山上の変貌ーマタイ17:1~8ーの出来事です。

 

つまりゼルバベルによる第二神殿は、シャカイナグローリーを宿された御子イエスをお迎えするための『器』だったのです。

 

後は、人々の罪のために十字架の贖いをし、復活したイエスさまを人々がメシアとして受け入れさえすれば、主は王として第二神殿に入られ、そこから『メシア的王国=千年王国』が始まるはずでした。 だからこそ、マルコ1:15「神の国は近くなった。」と、公生涯の早い段階で宣言されていたのです。

 

しかし、ポンテオ・ピラトの裁判で「この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい。」と宣言した時、民衆はこう言いました。

 

マタイ27:25ーすると、民衆はみな答えて言った。「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい。」

*私たち…そのとき、生きていた成人世代。

子どもたち…ユダヤ人の子孫。

 

その結果、そのときの世代の終わりAD70年にローマ軍により、神殿は壊され、エルサレムは崩壊し、彼らは国を追われ、離散の民となり、『神の国』は二千年経った今でもまだ実現には至ってないのです。なぜなら、彼らは未だにイエスがメシアだと受け入れていないからです。

 

ヘロデが第二神殿を改修したとき、ユダヤ人たちは『自分たちも改修工事を手伝いたい。」と申し出ました。そして許可されたのが『西壁』建設でした。

 

西壁以外はすべて金が被せられ、天気のよい日中は眩しくて神殿が見れないほどであったと言われています。神殿が崩壊された時、火が放たれ、被せてあった金はみんな溶けて城壁の石と石の間に流れ込みました。それを戻って来たローマ兵たちが集めるのに、一つ一つの石を崩して行ったのです。

 

イエスが預言した通りです。

マタイ24:2ーそこで、イエスは彼らに答えて言われた。「このすべての物に目をみはっているのでしょう。まことに、あなたがたに告げます。ここでは、石がくずされずに、積まれたままで残ることは決してありません。」

 

ユダヤ人が建てた『西壁』だけは、彼らが運べたサイズの石であり、金も被せてなかったので、ローマ兵には崩す価値すらなかったのです。だから現在もエルサレムに残っています。そこで彼らは、神殿再建を夢見て、日々祈りを捧げているのです。

 

携挙により『教会時代』が終わり、次に来る『患難時代』には、再びあの場所に『第三神殿』が建ちます。しかしそれは、依然としてメシアであるイエスを受け入れず、モーセの律法に従って捧げられる動物のいけにえなので、神様は承認されません。

 

イザヤ書66:3~4ー牛をほふる者は、人を打ち殺す者。

羊をいけにえにする者は、犬をくびり殺す者。

穀物のささげ物をささげる者は、

豚の血をささげる者。

乳香をささげる者は、偶像をほめたたえる者。

実に彼らは自分かってな道を選び、

その心は忌むべき物を喜ぶ。

わたしも、彼らを虐待することを選び、

彼らに恐怖をもたらす。

わたしが呼んでもだれも答えず、

わたしが語りかけても聞かず、

わたしの目の前に悪を行ない、

わたしの喜ばない事を彼らがえらんだからだ。

 

神が承認されるのは、患難時代の終わりに生存するユダヤ人全員が、イエスをメシアとして受け入れ、再びイエスが復活のからだをもって地上に再臨された後に建てられる『千年王国=メシア的王国』での『第四神殿』です。

 

そこにメシアであるイエスが世界の『王』として着座され、地上に千年間『神の国』が完成します。この千年間、ユダヤ人は再び神殿で動物のいけにえをささげますが、『第三神殿』の時とは違い、主に受け入れられるささげものとなります。なぜならそれは、教会時代のクリスチャンたちが与る『聖餐式』と同じ意味あるものだからです。

 

ユダヤ人がメシアの初臨を拒否したために、先に異邦人である私たちに福音がもたらされたのです。ですから、私たちはただただ謙遜に、感謝して、主に従うべきです。けっして『霊的イスラエルだ。』などと、おごり高ぶってはならないのです。

 

1ペテロ1:24ー人はみな草のようで、

その栄えは、みな草の花のようだ。

草はしおれ、

花は散る。

しかし、主のことばは、

とこしえに変わることがない。