読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

姦淫の場で捕えられた女 〜ヨハネ7:53~8:11〜

ヨハネ福音書7:53~8:11は、古い写本のほとんど全部が欠いていたり、この部分を含む異本も相互間の相違が大きいため、[ ]で括られています。

 

一週間続く仮庵の祭りの最終日、イエスが聖霊について預言されると、人々の間に分裂が起こりました。

A)『あの方は、確かにあの預言者なのだ。』と言う者たちーヨハネ7:40。

B)『この方はキリストだ。』と言う者たちーヨハネ7:41。

C)『まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。』と言う者たちーヨハネ7:41。

D)イエスを捕えたいと思った者たちヨハネ7:44。

 

その中にはユダヤ人たち(律法学者、パリサイ人、祭司長たちのこと)から遣わされた役人たちもいました。その役人たちの報告を聞き、話し合っているときに、ニコデモの提案により、イエスがガリラヤ出身かどうか調べることにしました。

 

ヨハネ7:53ーこのようなことがあった後、『そして人々はそれぞれ家に帰った。』となるわけです。52節で『調べてみなさい。』とあるので、ユダヤ人たちは家に帰って調べたのでしょう。

 

ヨハネ8:1ー一方、イエスはオリーブ山に行かれました。おそらく御父に祈るために、ひとり山へ行かれたのでしょう。

 

ヨハネ8:2ー姦淫の女が連れて来られた時、イエスはどこで何をしていましたか?

その時の雰囲気はどのようなものだったでしょうか?

 

イエスはすわって…当時、教える人が座り、聞く人々がそも周りを取り囲むように立っていました。

 

ヨハネ8:3ーその人々とイエスの間の真中に置かれました。律法学者とパリサイ人たちのこの行為により、その場はどのような空気になったと思いますか?

この時、この女はどのような思いだったでしょうか?

 

姦淫…不倫の関係のこと。性的不道徳全体、または独身者が性的罪を犯す場合は『不品行』という言葉が使われています。

 

cf 1コリント6:9~10ーあなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。だまされてはいけません。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、

盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。

 

cf 出エジプト記20:17/申命記5:21ーあなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。

出エジプト記20章の『十戒』は、出エジプトを経験した第一世代に向けて、

申命記5章の『十戒』は、約束の地を前にした第二世代に向けてのもの。

 

ヨハネ8:4ー律法学者とパリサイ人たちは、何をイエスに訴えていますか?

 

姦淫の現場…なぜ現行犯でこの女を捕まえることができたのでしょうか?

 

ヨハネ8:5ーこの当時のイスラエルは、ローマの占領下にあったので、裁判はローマ政府が優先されていました。

 

律法学者とパリサイ人は、あたかも律法の専門家の如く「モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。」と訴えていますが、何か違和感を感じませんか?

 

cf 申命記22:22~24夫のある女と寝ている男が見つかった場合は、その女と寝ていた男もその女も、ふたりとも死ななければならない。あなたはイスラエルのうちから悪を除きさりなさい。

ある人と婚約中の処女の女がおり、他の男が町で彼女を見かけて、これといっしょに寝た場合は、

あなたがたはそのふたりをその町の門のところに連れ出し、石で彼らを打たなければならない。彼らは死ななければならない。これはその女が町の中におりながら叫ばなかったからであり、その男は隣人の妻をはずかしめたからである。あなたがたのうちから悪を除き去りなさい。

 

cf レビ記20:10人がもし、他人の妻と姦通するなら、姦通した男も女も必ず殺されなければならない。

 

モーセの律法によれば、姦淫の罪を犯した場合は、男女共に石打ちの刑でした。相手の男はどこにいるのでしょうか?

 

このことから、彼らは家に帰って、キリストがガリラヤから生まれるのかどうか調べていたと思えますか?cf ヨハネ7:52 彼らは家に帰って、何をしていたと思いますか? 本来なら、宮で民衆を教える立場にいる律法学者たちが、律法の適用に欠陥があるということです。

ヨハネ8:6~7ー彼らは何故 このような矛盾をあらわにしてまでイエスに問い続けたのでしょうか?

彼らの訴えに対して、イエスは何を地面に『書いていた』と思いますか?

ーおそらくレビ記20:10の律法を書いていたのではないかと、私個人としては思います。それにより、彼らの専門分野である律法が何と言っているのかを、彼らに思い起こさせるためではないかと…。

 

彼らのこの訴えは、イエスをどのような窮地に立たせているでしょうか?石打ちにしないとどういうことになりますか?彼らの要求通り石打ちにすれば、どういうことになりますか?

 

ヨハネ8:7ー罪のない者…罪の性質のない者、の意。cf 新共同訳罪を犯したことのない者。

 

『罪のない者』だけが、人を裁く権威を持っています。

cf マルコ2:7ー「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことがことができよう。

 

マルコ2:10人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言ってから、中風の人に、

 

ヨハネ8:46ーあなたがたのうちだれか、わたしに罪があると責める者がいますか。わたしが真理を話しているなら、なぜわたしを信じないのですか。

 

1ペテロ2:22キリストは罪を犯したことがなく、その口 に何の偽りも見いだされませんでした。

 

ヨハネ8:8ー何も答えられない沈黙の時間は、彼らにも考える時間を与えたことになります。

この女はどのような思いでいたと思いますか?

 

ヨハネ8:9ー7節のイエスのことばに、律法学者やパリサイ人たちはどのような反応しましたか?

 

なぜ『年長者たちから』去って行ったのでしょう?

なぜこの女性は、そこから去らなかったのでしょう?

 

ヨハネ8:10ーイエスがこの女性に話しかけられたのは、どのような状況になったときでしょう?今まで『罪人』として扱われてた女性に対し、イエスは「婦人よ。」と 声を掛けられました。そこには、イエスのどのような心が表れていますか?

そのようなイエスをどう思いますか?

 

ヨハネ8:11ー原文では「*主よ。だれもいません。」となっています。

 

イエスはこの女性に何を与えていますか?そのようなことを言われるイエスは、どのようなお方だと思いますか?

 

cf Ⅱ コリント5:21神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。

 

この女性はイエスを『主よ。』と呼んでいます。*新改訳聖書脚注参照。 ここに彼女の信仰があるのがわかりますか? cf ローマ10:9~10、1コリント12:3b

一方、律法学者やパリサイ人たちは『先生』と呼んでいるところに、イエスに対する姿勢に違いがあるのです。cf ヨハネ8:4

 

このことによって、この女性の人生は今後どうなると思いますか?

あなたもイエスあって、罪赦された人生を歩みたいと思いませんか?

 

<おまけ>

これは、イエスの十字架の半年前の出来事です。このときはまだユダヤ教の『律法』による死刑『石打ちの刑』が有効でした。またイエスの昇天後の早い時期に、使徒7:57~59ステパノは『石打の刑』で殉教しています。

しかしこの出来事から半年後の過越の祭りの時には、ローマ政府によりユダヤ人から死刑の執行権が剥奪されていたのです。それはほんの短期間のことでしたが、イエスの裁判はちょうどその間に行なわれたのです。

 

ヨハネ18:31ーそこでピラトは彼らに言った。「あなたがたがこの人を引き取り、自分たちの律法に従ってさばきなさい。」ユダヤ人たちは彼らに言った。「私たちは、だれを死刑にすることも許されてはいません。」