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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

あるお金持ちの青年 〜マタイ19:16~22〜

この出来事は、共観福音書に記されているので、より深く理解するためにもマルコ10:17~31、ルカ18:18~30も平行して読んでみるといいと思います。

 

マタイ19:16ーこの青年は、どのような人物だったでしょう?

cf マルコ10:20、ルカ18:21ーすると、その人はイエスに言った。「先生。私はそのようなことをみな、小さい時から守っております。

*彼は小さい頃から『良い子』だったと、自負があったようですよね。

 

彼は何を求めてイエスのところへ来たのでしょう?

 

永遠のいのち…時間的要素と質的要素の二面性があります。

 

cf ヨハネ17:3ーその永遠のいのちとは、彼らが唯一まことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。

 

*知るエペソ4:13ーついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全に大人になって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためなのです。

コロサイ2:2ーそれは、この人たちが心に励ましを受け、愛によって結び合わされ、理解をもって豊かな全き確信に達し、神の奥義であるキリストを真に知るようになるためです。

 

彼は『永遠のいのち』をどのようにしたら得られると考えていますか?

 

マタイ19:17ーイエスは彼に何と答えていますか?

 

良い方はひとりだけです…本来なら、彼は『主よ。あなたこそ良い方です。』と言って質問すべきでした。

 

戒め…モーセの律法のこと。全部で613ありましたが、その代表として『モーセの十戒』を18節でイエスは例にあげています。

 

マタイ19:18~19ーcf 出エジプト記20:1~17に記された『モーセの十戒』は、第1〜第4戒…対関して、第5〜第10戒…対に関するものです。

イエスが具体的に例をあげたものと、モーセの十戒を読み比べてみてください。何が欠けているでしょうか?

 

なぜイエスは対人に関する戒めのうち一つだけを抜いて言われたのでしょう?

そこにはイエスのどんな心があると思いますか?

 

マタイ19:20ー彼は、イエスの意図に気づきましたか?

それは何故だと思いますか?

 

戒めをすべて守れば、永遠のいのちを頂けるのでしょうか?

『良いこと』や『良い行ない』をたくさん積むことが、天国に入るための条件だと思いますか?

その『良いこと』や『良い行ない』は、だれが『良い』と何を基準に決めるのでしょうか?

 

「そのようなことはみな、守っております。」…と言いきれるこの人についてどう思いますか?

この人は『良いことをみなやっている』と思っていたにも拘らず、なぜイエスのところに質問に来たのでしょう?

 

*日本人の多くが、『善行を積めば、天国に行かれる。私はそんなに悪い人間ではない。法律を犯したこともない。』と考え、キリストの十字架の贖いを『私には必要ない。』と拒みながら生活しています。

しかし死を目前にすると、だんだんと天国に行く確信がないことに気付くのです。そのような人たちに、何をどう伝えることができるでしょうか?

 

「何がまだ欠けているのでしょうか。」…このような疑問を抱えながらの人生に、『心の平安』があると思いますか?

 

マタイ19:21ーイエスは彼に、どうするように言っていますか?

cf 箴言23:4ー富を得ようと苦労してはならない。

自分の悟りによって、これをやめよ。

 

cf 箴言28:20ー忠実な人は多くの祝福を得る。

しかし富を得ようとあせる者は罰を免れない。

 

cf 箴言30:8~9ー不真実と偽りとを私から遠ざけてください。

貧しさも富も私に与えず、

ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。

私が食べ飽きて、あなたを否み、

「主とはだれだ。」と言わないために。

また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。

 

マタイ19:22ーなぜこの人は、悲しみながら帰って行ったのでしょう?

結局、この人は何に頼った生活をしていて、何が捨てられなかったのでしょう?

 

cf ルカ16:13ーしもべは、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んでた方を愛したり、または一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。

 

永遠のいのちを得るために、どのようなものが妨げになると思いますか?

日本人の救いに、何が妨げになっているのでしょうか?

 

エペソ2:8~10ーあなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身からでたことではなく、神からの賜物です。

行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。

 

ヨハネ14:15もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。

 

あなたは神の恵みのゆえに、御子を『救い主』と信じる信仰によって救われていますか?

「イエス様、愛します。」と言えますか?

その信仰は『生きた信仰』ですか?キリストの戒めを守っていますか?

 

*行ないによって救われるのではありません。

しかし、イエスを信じる信仰によって救われるのです。そして救われた感謝をもって、救ってくださったイエスの戒めを守るのです。

イエスの戒めは、神のことばである聖書に記されています。

 

ヤコブ2:26たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行ないのない信仰は死んでいるのです。