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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

カデシュ・バルネアでの出来事

新約聖書を理解する上での『鍵』となるのは、ベルゼベル論争 - サザエのお裾分け です。

一方、旧約聖書を理解する『鍵』となるのが、出エジプトの出来事…特に『カデシュ・バルネアでの出来事』でしょう。

 

この二つの出来事の共通点は、『回帰不能点を越えた』ということです。

回帰不能点を越えると、神様の裁きの宣言が下されます。その後はどんなに悔い改めても神の裁きを免れることはできません。悔い改めにより『罪の赦し』を得ることはできますが、肉体的裁きを免れることはできないのです。

 民数記13:2ー「人々を遣わして、わたしがイスラエル人に与えようとしているカナンの地を探らせよ。父祖の部族ごとにひとりずつ、みな、その族長を遣わさなければならない。」

 

出エジプトを果たし、神の約束の地を目前に、モーセはパランの荒野からイスラエルの各部族からひとりずつ、計12人の斥候を派遣しました。

 

民数記13:17~20ー偵察の内容は、

①カナンの地がどんなであるか、良いか悪いか。

②そこに住んでいる民が強いか弱いか、あるいは少ないか多いか。

③彼らが住んでいる町々はどうか、それらは宿営かそれとも城壁の町か。

④土地はどうか、それは肥えているか、やせているか。そこには木があるか、ないかを調べなさい。

⑤あなたがたは勇気を出し、その地のくだものを取って来なさい、というものでした。

 

民数記13:25ー四十日がたって、彼らはその地の偵察から帰って来た。

*40…試みの数。

 

彼らは40日後に偵察から宿営に戻り、モーセ「約束の地は神が言った通り、乳と蜜の流れる地である。」と、12人全員一致で報告しました。

*乳…山羊の乳。(牛乳のことではありません。)

*蜜…ナツメヤシの蜜。(蜂蜜のことではありません。)

 

しかし、彼らはひとつの点で一致しませんでした。それは、その土地をカナン人の手から勝ち取ることが出来るか否かという点でした。

 

民数記13:31「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」と、12人中10人が断言したのです。

 

ユダ族代表カレブエフライム族代表 ヌンの子ヨシュアの二人だけが、信仰による報告をあげました。

*ユダ族…後の南ユダ王国代表。

*エフライム族…後の北イスラエル王国代表。

 

民数記14:6~9ーすると、その地を探って来た者のうち、ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブとは自分たちの着物を引き裂いて、

イスラエル人の全会衆に向かって次のように言った。「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。

もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。

ただ、主にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」

 

*この両極端の報告を聞いた民は、多数の意見が常に正しいと信じる一般的過ちを犯し、モーセとアロンの権威に逆らいました。さらに全会衆は、彼らを意志で打ち殺そうとしたのです。

 

*この出来事は、出エジプトをしてから『十番目の反逆行為』だと聖書は記しています。cf 民数記14:22

 

民数記14:11~12モーセに仰せられた。「この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがこの民の間で行なったすべてのしるしにもかかわらず、いつまでわたしを信じないのか。

わたしは疫病で彼らを滅ぼしてしまい、あなたを彼らよりも大いなる強い国民にしよう。」

 

*この時点で、神は出エジプトをした時、20歳以上だった『世代』に対し、裁きを宣言しました。

*一度宣言された『物理的裁き』は、個人の霊的救いに影響はありませんが、その世代がその裁きから免れることはありません。

 

民数記14:17ーあなたがこの民をエジプトから今に至るまで赦してくださったように、どうかこの民の咎をあなたの大きな恵みによって赦してください。

モーセは、この『世代』の民のためにとりなしの祈りをささげました。

 

モーセのこのとりなしにより、神はこの民を赦してくださいました。

民数記14:20は仰せられた。「わたしはあなたのことばどおりに赦そう。

 

しかし21~23節から、罪は赦されても責任を問われることがわかります。霊的救いを失うことはありませんが、目の前にある『約束の地を受け継ぐ』という肉体の祝福を逃す結果となりました。

 

民数記14:34あなたが、かの地を探った日数は四十日であった。その一日を一年と数えて、四十年の間あなたがたは自分の咎を負わなければならない。こうしてわたしへの反抗が何かを思い知ろう。

結果、神は疫病でこの『世代』を滅ぼすことは思い留まられましたが、彼らは『約束の地の『外』で肉体的に死に絶えました。そして『約束の地』は、出エジプト時二十歳以下だった者、荒野で育った『次世代』に差し出されました。

 

*回帰不能点を超えた世代に対する裁きは、エジプトに奴隷として引き戻されるというものではありませんでした。彼らの肉体は依然として、エジプトの奴隷生活からは贖われたままでした。しかし、その『世代』が、約束の地に入ることは許されず、神の裁きによって『約束の地』の外で肉体的死を迎えました。

 

*一つの世代の不信仰は、神の永遠の『無条件契約(アブラハム契約)』を無効にするものではありません。この時の『世代』の反逆は、神と神の民の関係を変えるものではありません。

 

*彼らが失ったのは、『贖われた契約の民としての祝福』でした。

 

民数記14:30~31ーただエフネの子カレブと、ヌンの子ヨシュアのほかは、あなたがたを住まわせるとわたしが誓った地に、だれも決してはいることはできない。

さらわれてしまうと、あなたがたが言ったあなたがたの子どもたちを、わたしは導き入れよう。彼らはあなたがたが拒んだ地を知るようになる。

 

*神に対する反逆は、神側の約束を無効にしたり、神の御前での民の地位を変えることはありませんが、その『世代』は神が彼らに与えると約束した『祝福』を失いました。

 

現在の教会時代の信者である私たちも、イエスを救い主として信じる信仰のゆえに救いを失うことはありません。救いは、『信仰+行ない』ではないからです。

しかし、神は『救われた者』が霊的に成長することをを願われています。…【聖化】

 

神のみことばに従順に、信仰生活を送るようになることを望んでおられるのです。

ですから、霊的成長することをおろそかにしてななりません。「救われたからそれでいい。」というものではないからです。

霊的成長は神の尊い『器』として、神の御用のために働くことができるようになります。それがいつかキリストの御前に出た時に、信仰生活の『報い』となるのです。

cf 現代のクリスチャンへ 〜決算報告書を準備せよ〜 - サザエのお裾分け

 

カデシュ・バルネアで反逆した『世代』は、神の裁について聞かされた時に、彼らは自分たちの罪の大きさに気づき、失った『祝福』を自力で取り返そうとしました。

それが、民数記14:40「私たちは罪を犯したのだから、とにかく主が言われた所へ上ってみよう。」です。

 

しかしモーセは、彼らを引き止めようとしました。

民数記14:41~43ー「あなたはなぜ、の命令にそむこうとしているのか。それは成功しない。

上って行ってはならない。は あなたがたのうちにおられないのだ。あなたがたが敵に打ち負かされないように。

そこにはアマレク人とカナン人とがあなたがたの前にいるから、あなたがたは剣で打ち倒されよう。あなたがたがにそむいてしたがわなかったのだから、はあなたがたとともにはおられない。

 

それでも民は、まだモーセに聞き従うことはせず、産地の嶺のほうに登って行き、アマレク人とカナン人によって追い散らされる結果となりました。

 

このカデシュ・バルネアでの体験は、神を信じ、どんな障害があってもあらゆる局面で神に従順に従うことの必要性を教えています。

なぜなら、不従順によって与えられた地位を失うことはありませんが、『祝福』を失うことになるからです。

 

私たちは、御子を信じる信仰により『救い=永遠のいのち』を受けています。

『アブラハム契約の祝福の条項』として与えられた『神の御国』を、不従順により失うことはありませんが、『祝福』を失う結果を招きます。

ですから神の恵みの中で、みことばにより『神の子ども』として霊的に成長していきましょう。

御父は『子ども』の成長を喜んでくださいますから…。