サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

聖地旅行 〜イスラエル〜 ⑵

さてさて、『乳と蜜の流れる』聖地旅行も折り返し地点。

異邦人である私たちは、『乳』と聞くとすぐに『牛乳』、『蜜』と聞くと『蜂蜜』を思い浮かべますが、実はイスラエルでは『乳=ヤギの乳、蜜=ナツメヤシの蜜』なんだとか。

ものは試しで、クムランのお土産店に『ナツメヤシの蜜』が売ってたので、買ってきました!味は…確かに甘いんだけど、ちょっと酸味もある感じで不思議。

 

イスラエルではお土産を選ぶ時、いいな♡と思ったら迷わずに買うこと !! 後でもっと安くあるかも…と思ってはダメ。意外とそこでしか売ってなかったりするのです。

通過は『シェケル』か『米ドル』。枕チップも、バスの中で売ってるミネラル水も$1でした。たまにおつりが『シェケル』で返ってくるよ。2シェケルコインは、有料トイレで活躍してくれます。カードはMasterかVisa、American Expressも可能。JCBは使えません。

 

【第五日目】

イエス様の足取りを追って、目指せ!聖なる都エルサレム!!

 

ガリラヤ地方、イエス様が最初のメシアとしての奇跡を行われたカナ

六つの水がめの水を上等なぶどう酒に変えた奇跡…いつ、水がぶどう酒に変わったのか?

マリヤがイエスに訴えたのは、イエスの弟子たちがたくさんぶどう酒を飲んだから…とかいう笑い話もあるそうな…。果たして、その真相は?

 

詳しく知りたい方は、こちらから♡

カナの婚礼 〜最初のしるし〜 - サザエのお裾分け

 

そして、イエスが幼少時代〜公生涯を始められるまでを過ごしたナザレへ。

ここには受胎告知教会、その隣にある聖ヨセフ教会がある。

ヘブル語では “クリスチャン”のことを『ノツリーム』と言い、『ナザレ派の人々』というの意味なんですって。 

 

受胎告知教会はAとMを基調に造られ、受胎告知、カトリック系の教会ということもあり、御子イエスより聖母マリヤが中心の教会。

(個人的には、マリヤも人間である以上『原罪』はあったわけで『生母マリヤ』と言った方が合ってるように思うのだけど…私たちを贖ってくれたのは、罪の無い人間として来られたイエス様だけだからね。)

 

壁に各国から届けられた『幼子イエスを抱いた聖母マリヤ』の絵が掛けられてあったけど、日本からの絵に思わず苦笑。マリヤが着物着てる…。

モデルは、明智光秀の娘、細川ガラシャ

そしてどう見ても『金太郎』風の幼子イエス。(イメージが崩れていく…?)

各国の特徴がよく出てました!

 

聖ヨセフ教会に入ると、すぐ左手にとても感動的な絵が掛けられている。

少年(12歳位かな〜?)イエスに大工仕事を教える養父ヨセフと、二人を見守る母マリヤの優しい顔…。

でもね、イスラエルの建物は主に石。木はとても貴重で、木を使うのは家具くらいだそうです。

また、当時の大工という仕事は主に石を扱い、現代風に例えるなら『便利屋』のように何でも引き受けたのだとか…。

だからイエス様は、がっちりとした男らしい体格だったのでしょうね。

 

メギドの遺跡… 患難時代最後の世界戦争『ハルマゲドン』で有名ですが、反キリストの軍勢が世界中から集結するのが、メギドの丘の眼下に広がるイズレエルの平原。

確かに何万人でも集結できそうなほどの広さです。

 

ここにはまた、ヤギの像に人々が群がっている像があったり、旗にもヤギのマークがあったりと、何かと『反キリスト』を連想させる物が多かったなぁ。

イスラエル領土だったこともあり、遺跡には『高き所』も残ってた…。

Ⅱ 列王記14:4ただし、高き所は取り除かなかった。民はなおも、その高き所でいけにえをささげたり、香をたいたりしていた。

 

カイザリヤ…ローマの皇帝アウグストからヘロデ大王が与えられた町。

息子のヘロデ・ピリポが、皇帝ティベリウスに敬意を評してピリポの『カイザリヤ』と命名。

 

半円形劇場では、添乗員兼ガイドさんが『黄金のエルサレム』をヘブル語で歌ってくれました? 音響はなかなかでしたよ。

水道橋は以前は上に登って歩けたそうですが、何年か前に強風によって落下して死者が出たとかで、現在は禁止。私たちが行った日は、珍しく冬の日本海並みに荒れてました。

 

夕方、バスで聖なる都エルサレムへ移動。

いや〜歩いた、歩いた。10,767歩! 翌日はもっと歩くという… どんだけ〜?

 

【第六日目】

 前日の歩き疲れで、足が痛い!(湿布持って来るんだった…)

でも今日は、もっと歩くということで出発はナント朝7時。はてさて、万歩計は記録更新なるのか…?覚悟を決めて(グロンサン飲んで)いざ出発 !!

 

千年王国では、世界で一番高い山となるオリーブ山

イザヤ2:2終わりの日に、

の家の山は、山々の頂に堅く立ち、

丘々よりもそびえ立ち、

すべての国々がそこに流れて来る。

 

行きたかったけど、2週間くらい前にアラブ人の子どもたちが、観光バスに向かって投石したとかで今回は行かれず…残念。

エルサレムから見たオリーブ山は、(本当にこの山が世界で一番高くなるの??…といった感じのなだらかな『丘』でした。)

 

第一神殿(ソロモンの神殿)の至聖所に宿っていたシャカイナグローリーは、①至聖所→神殿の入り口、②神殿の入り口→東の門(黄金門)、③東の門→オリーブ山、④オリーブ山→天、という4段階で天に帰られました。

cf エゼキエル書9:3a,10:4,10:18~19,11:23~24

伝承では、オリーブ山に3年半とどまったと言われています。主の公生涯の3年半、そして主の昇天を思わされますね。そして地上再臨の際には、オリーブ山に降り立ち、東の門を通って、第四神殿に着座されます。そのため、アラブ人立ちはメシアが東の門を通れないようにと塞いでしまいました。(主は門が開いてても、閉まっていても『通れる』んですけどね…?)

 

千年王国イスラエルについて知りたい方は、こちらからどうぞ♡

ヨハネの黙示録20章 〜(3)〜 - サザエのお裾分け

ヨハネの黙示録20章 〜(4)〜 - サザエのお裾分け

 

西壁トンネル…西壁は幅485m、現在60mのみ見えている状態だとか。西壁がどれほど長いのか、地下に埋もれている部分、貯水槽などを見ながら延々と歩く。途中、映像でソロモンの神殿、BC586年のネブカデネザル率いるバビロン軍による神殿崩壊、第二神殿建設、AD70年のローマ軍による神殿崩壊等の映像を見ました。

ここは是非、ダニエル書を学んでから行くことをお勧めします!

参考までに。

ダニエル書 1章 - サザエのお裾分け

ダニエル書 2章 - サザエのお裾分け

ダニエル書 3章 - サザエのお裾分け

ダニエル書 4章 - サザエのお裾分け

ダニエル書 5章 - サザエのお裾分け

ダニエル書 6章 - サザエのお裾分け

 

西壁…神殿の入り口は、エデンの園と同じ『東側』。丁度裏側に当たる『西壁』は、ソロモンの神殿(第一神殿)でシャカイナグローリー(神の栄光)が宿った『至聖所』に一番近い場所。

だからユダヤ人たちは、壁の向こうの至聖所におられた神に向かって、昼も夜も祈りを捧げている。カメラで撮影すると、夜中でも途切れることなく誰かが来ては祈りを捧げているのだとか…。

 

よく目にする西壁の写真は男性側からだったので、女性側の西壁はまたちょっと違ったイメージ。手を置いて、イスラエルに来られた感謝とユダヤ人のため、イスラエルのため、エルサレムのため、そして家族の救いのために祈って来ました。

 

正統派ユダヤ教徒立ちは、神殿が無いので喪に服するような黒い服。その中でも厳格な人々は、男性はビンの毛(もみあげ)と髭を伸ばし、女性もキッバ(!?)のような帽子をかぶり、黒い服装(絶対にズボンは履かず、一年中スカートだそう)でした。

正統派でもビンの毛が短い人もいるし、信仰の度合いは人それぞれですね。

それでも、日本人の『神概念』とは全く違うものを感じました。さすが!神の選びの民。

 

でもそんな彼らであっても、既に来られた『メシア』を信じない限り『神の国』には入れないのです。そこに深い悲しみを覚えました。

神の選びの民であっても自動的に救われるわけではなく、メシアであるイエス様を信じる『信仰』によってのみだから…更に、『神の選びの民』ということは、民族的責任も課せられているのがユダヤ人。だから祝福も2倍だけど、裁きも2倍。

ユダヤ人の救いのために、祈らないといけない!と強く思わされました。

 

西壁に行く途中で、ユダヤ教の成人式に当たる『バル・ミツバ』(バル…息子、の意)を祝う一行に遭遇。ちょっとはにかんだ、それでいて誇らしげな13歳の少年を囲んで練り歩く親族、友人たち。大抵、13歳の誕生日前後の月曜日か木曜日(なんでだったかな…?理由は忘れた?)に多いそうです。ちなみに、女の子の場合は12歳の『バット・ミツバ』。

 

ユダヤ教の4つの節目

①誕生。

②13歳のバル・ミツバ(宗教上の成人式)…自分で聖書を読んで、理解できる年齢とされる。初めて人々の前でトーラーを読む日。この日に備えてたくさん練習するそうです。

③結婚。だいたい20歳頃にするそう。第二神殿時代は14~15歳だったそう。 

④死。

自分の意識がある中で1回のみ行うのは、バル・ミツバだけと言われている。(結婚は、人によっては二度、三度…?!)

 

ヴィア・ドロローサ…横木を負われて歩かれた十字架への道。全部で14あるステーションのひとつひとつを辿りながら、主の苦しみが迫ってくる…。


第1ステーション …ピラトによる裁判。
第2ステーション …鞭で打たれる。鞭打ちの教会。
第3ステーション…最初に倒れた所。
第4ステーション…母マリアと出会う。
第5ステーション…キレネ人シモンが横木を代わりに背負う。
第6ステーション…ベロニカがイエスの顔を拭く。
第7ステーション…二度目に倒れた場所。
第8ステーション…イエスがエルサレムの婦人たちに語りかけた場所。
第9ステーション…三度目に倒れた場所。
第10ステーション…衣服を剥ぎ取られた所。
第11ステーション…十字架につけられた。
第12ステーション…イエスの十字架の死。
第13ステーション…十字架の下の母マリア。
第14ステーション…イエスの墓。

 

聖アンナの教会新約聖書の外典『ヤコブによる原福音書』によると、聖母マリヤの父は『ヨアヒム』、母は『アンナ』。ベテスだの池の近くにあるこの教会の地下には、アンナがマリヤを産んだとされる洞窟がある。

 

聖墳墓教会…添乗員さんの話だと、過去最高は2時間半待ちをしたことがあるとのことでしたが、雨だったせいもあり10分少々ですんなりと入れました。

主の十字架が迫ってきて、涙ボロボロ…。

この犠牲があったからこそ、私たちは罪赦された…。感謝、感謝ですね。もうパウロの気分です。

 

1コリント1:18ー十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

 

1コリント1:22~23ーしかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、

しかしユダヤ人であってもギリシャ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。

 

シオンの丘…ここで『最後の晩餐の部屋』『ダビデ王の墓』を見学。

一時イスラム教のモスクとして使われていたこともあり、その跡も残っている。

ダビデ王の墓は思ったより大きく、真ん中で仕切られ、入り口から男性、女性と分かれていました。『聖なる場所』とされている所は、徹底して男性・女性が区別されているのね。

 

鶏鳴教会…時の大祭司カヤパの中庭で、「主を知らない。」と三度裏切ったことを悔い改めたことを記念して建てられた教会。三度裏切ったペテロのために主は三度「あなたは、わたしを愛しますか(アガペー2度、フィレオー1度)と確認してくださった。

優しいね、イエス様…♡

 

う〜ん、歩いた、歩いた。15,591歩なり!! 足はもうパンパンです…。

 

【第七日目】

ヘブライ大学の近くからエルサレムを展望。

雨が降る地域と降らない地域の違いがはっきりとしてる。日本では見られない光景なんじゃないかな…。

 

ゲッセマネの園…ヘブル語:ガットシェマニーム。油しぼりの場所。

神殿からの距離感は、行ってみないとわからないね。すごく近い!主がよくここで祈られた、という意味がわかる距離です。

 

万国民の教会…ここから美しの門(黄金門)がよく見えます。

手前にはアラブ人のお墓。彼らは、メシア来臨の時に復活してくるユダヤ人が神殿に入っていくのを、復活してくるアラブ人死者たちがすぐに阻止できるようにと、死者の頭をこの門の方にして葬るそうです。

ユダヤ人とアラブ人は親戚関係であるにもかかわらず、憎しみは復活後まで持ち越されているなんて…なんとも悲しいですね。

そしてもっと悲しいのは、ユダヤ人であってもアラブ人であっても(異邦人であっても)、メシアを信じなければ滅びに行くということを彼らが知らないということ…。

イスラエルでは公に伝道することは、法律で禁止されているということ…。

 

ローマ11:11~15ーでは、尋ねましょう。彼らがつまずいたのは倒れるためなのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、彼らの違反によって、救いが異邦人に及んだのです。それは、イスラエルにねたみを起こさせるためです。

もし彼らの違反が世界の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らの完成は、それ以上の、どんなにかすばらしいものを、もたらすことでしょう。

そこで、異邦人の方々に言いますが、私は異邦人の使徒ですから、自分の務めを重んじています。

そして、それによって何とか私の同国人にねたみを引き起こさせて、その中の幾人でも救おうと願っているのです。

もし彼らの捨てられることが世界の和解であるとしたら、彼らの受け入れられることは、死者の中から生き返ることでなくて何でしょう。

 

異邦人に救いが及んだのは、イスラエルにねたみを起こさせるためであるのなら、救われた私たちは熱心に主に倣う信仰生活を送る必要がある…のよね。

それは、自分が救われたからそれでいい…というものではなく、救われた者としての責任が伴うということ。

 

オリーブの木オリーブの木は古くなると中がスカスカになる。その中から新しい木が生えたり、隣から新しい木が生え、枯れるまで実を結ぶ。でも根っこで古い木と新しい木は繋がっているため、根っこはひとつだとか。そのため、『永遠のいのち』を象徴しているそうです。

太くで大きいオリーブの木は、もしかしたらイエス様の時代の根っこを持つものもあるのかもね。

 

イスラエル博物館…クムラン遺跡で発見された死海写本が展示されてる所。

発見者は、アラブ人の羊飼いの少年ということでしたが、写真を見るかぎり『少年』には見えなかった…?

 

バビロン捕囚からの帰還後に建てられた第二神殿を、エドム人 ヘロデ大王が大改修工事をした神殿とエルサレムの模型がすごい!遺跡の発掘が進む度に修正されているのだそう。ユダヤ人たちの神様の御前に対する信仰の姿勢は、見習うべき点がたくさんありますね。

 

説明を聞くまで気づかなったけど、ソロモン王が建てた第一神殿には『異邦人の庭』は無かったんだ。『異邦人の庭』を作ったのは、ヘロデ大王。それは自分の見栄のため。

建築に長け、見栄っ張り、猜疑心が強かったヘロデ大王。自分が手を加えた第二神殿の栄華を異邦人にも見せるために『異邦人の庭』を設けた。

 

しかし、祭儀を行うユダヤ人と区別するために『隔ての壁』を設け、そこには「この垣根を越えて中に入った異邦人は、命をもって償わなければならない。」と注意書きがあったことが発掘によりわかっています。

 

そして、神はヘロデ大王の見栄という悪い思いまでも用いられて益とされるお方。

 

それをパウロが、この神殿の様子を例に『教会』の奥義をエペソ人の手紙で語っています。

エペソ2:13~16ーしかし、*以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近いものとされたのです。*異邦人の庭のこと。

キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、*隔ての壁を打ちこわし

ご自分の肉において、敵意を廃止された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、

また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。

 

メシアであるイエスを信じるユダヤ人と異邦人とが、十字架にあって『一つのからだ』となると、パウロは教会の奥義を伝えています。

ユダヤ人がメシアを拒否したように、異邦人信者がユダヤ人を拒否し続けている間は、実現することはできないのです。祈っていく必要がありますね。

 

神殿の模型の写真はこちらからどうぞ。

イスラエル Pilgrim Trip - Togetterまとめ

 

【第八日目】

聖地旅行としての日程、最終日。安息日のため、エルサレム市内からアラブ人地区ーベツレヘムへ。

 

途中、ヘロデ大王の墓があるヘロデオンへ。

なんと2007年に高価なピンクエルサレムストーンの棺に入った人骨が発見され、おそらくヘロデ大王のものだろうとされています。

その棺の側面には、明らかに人為的に壊された跡があり、かなり家来からも恨みを買っていた可能性があるということでした。

 

ハスモン家の血を引く妻とその間に産まれた優秀な息子二人、貴重な重臣一人を猜疑心から殺し、ハスモン家の血を引かない『イエスマン』の無能な息子たちを生かしておいたとのこと。妻、息子、重臣を殺したことを後悔し、彼らのために三つの塔を自宅内に建てた。寝首を掻かれることを恐れ、何部屋もある自宅は対で作り、毎晩どちらの建物のどの部屋で休むか、誰にも言わなかったそうです。

…なんだか悲しい人生だなぁ。

 

ベツレヘム、生誕教会…イエスが寝かされたという『飼い葉桶』は、大理石…イメージがだいぶ違いました。

 

大きなお土産店で最後の買い物。ちょっと高価な物を買う予定の方は、値段交渉を粘り強くすることをお勧め!友人は粘り強く交渉したけれど、成立せずバスに乗り込もうとしたところを追いかけて来て、友人が言った価格で売ると言って来たからね。

値段交渉も旅の楽しみの一つですよ。

 

最後の訪問地、ヨッパ

有名な『皮なめしのシモンの家』へ。何年か前までは中に入れたそうですが、長々と中で賛美したりする観光客(巡礼者)が多く、かなり迷惑だということで現在は外から見るだけ。

 

ヨッパは他にも、ドルカスも住んでいたんですよ〜。

使徒9:36ーヨッパにタビタ(ギリシャ語に訳せば、ドルカス)という女の弟子がいた。この女は、多くの良いわざと施しをしていた。

 

ヨナ書のヨナもニネベに行くのを避けて、この町の港から船出したのです。

 

なかなか素敵な町で、次回はここで一泊したいな〜と話していたら、添乗員さんから一言:「ここには団体が宿泊できるホテルがないんですよ〜。」

あら…残念。テル・アビブから目と鼻の距離なので、そこに泊まって観光に来るのがベストだそうです。

 

日没間近に結婚式の記念撮影しているアラブ人カップルに遭遇?お幸せに。

 

どっぷり日が暮れる頃、ベングリオン空港に到着。帰国の途へ。

行きより帰りの方が、飛行時間が2時間程短い上に、連日の徒歩での観光での疲れもあり寝れた分、仁川までの距離が短く感じました。

 

【第九日目】

機内で時計の針を日本時間に変更。なんとなく、寂しさを覚えた瞬間…。

無事成田に着いたのは、夜8時過ぎ。なんとなく、1日損した気分…。

 

イスラエル…ずっと『憧れの国』だったけれど、今回初めて行ってみて、とても身近な国、霊的故郷という感じがしました。是非、また行きたいと思わせる魅力的な国です。

その時まで、日々イスラエルのことを覚えて祈り続けたいと思います。

 

詩篇122:6~7エルサレムの平和のために祈れ。

「おまえを愛する人々が栄えるように。

おまえの城壁のうちには、平和があるように。

おまえの宮殿のうちには、繁栄があるように。」