サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

異邦人の庭 ⑵ 〜ハヌカの祭り・ゼルバベル神殿〜

世界の多くの国々では、クリスマスカラー一色になる季節ですが、イスラエルではこの時期、青と白でハヌカの祭り』が祝われます。

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ハヌカ』とは、新改訳聖書では『宮きよめの祭り』として、また新共同訳聖書では『神殿奉献祭』と呼ばれ、聖書には一度だけ出てきます。

 

ヨハネ10:22~23そのころ、エルサレムで、宮きよめの祭りがあった。

時は冬であった。イエスは、宮の中で、ソロモンの廊を歩いておられた。(新改訳)

(新共同訳ーそのころ、エルサレムで神殿奉献記念祭が行われた。冬であった。

イエスは、神殿の境内でソロモンの回廊を歩いておられた。)

 

ハヌカの祭りは、旧約聖書新約聖書のメシアの来臨までの約400年間の預言者の活動もない、神の沈黙の続く『暗黒の時代』に突如差し込んだ『光』のような出来事でした。

 

一代にしてギリシャ帝国を築いたアレキサンダー大王の死後、二人の息子たちは暗殺され、ギリシャは4人の将軍に分割されました。

BC175年セレウコス朝シリアの王、アンティオコス・エピファネスによって、エルサレムの神殿が冒涜されました。

彼は、ユダヤ教の根絶を図り、聖書の写本を焼き払い、神殿での礼拝を禁止し、大祭司らと結託して、『憎むべき荒廃をもたらすもの』である偶像(ギリシャ神話のトップであるゼウス神、または、アンティオコス・エピファネス自身の像という説もある)を至聖所に立て、抵抗する者を迫害し拷問しました。

 

このことはハヌカの起源の約400年前、ダニエル書11章に預言されています。(新共同訳)

ダニエル11:30b彼は再び聖なる契約に対し、怒りを燃やして行動し、また聖なる契約を離れる者があることに気づく。

*彼…『反キリストの型』と言われる『アンティオコス・エピファネス』。

*聖なる契約…モーセ律法。

 

ダニエル11:31彼は軍隊を派遣して、砦すなわち聖所を汚し、日ごとの供え物を廃止し、憎むべき荒廃をもたらすものを立てる。

*聖所…神殿の至聖所。

*憎むべき荒廃をもたらすもの…ゼウス像/自身の像。

 

ダニエル11:32契約に逆らう者を甘言によって棄教させるが、自分の神を知る民は確固として行動する。

*信仰に堕落したユダヤ人たちを棄教させる。

 

ダニエル11:33民の目覚めた人々は多くの者を導くが、ある期間、剣にかかり、火刑に処され、捕らわれ、略奪されて倒される。

*民の目覚めた人々…霊的に覚醒した人々。

 

ダニエル11:34こうして倒れるこの人々を助ける者は少なく、多くの者は彼らにくみするが、実は不誠実である。

*この人々をつける者は少なく…信仰深いユダヤ人を助ける者は少ない。

*多くの者は彼らにくみするが、実は不誠実…渋々従った者たち。

 

詳細は…ダニエル書 11章 - サザエのお裾分け

 

至聖所に偶像を立てるには、大祭司の協力が必要でした。つまり、サドカイ派の大祭司自身が霊的に堕落していたのです。一方、信仰を守り通した者たちを『ハシディーム(分かたれた者たち)』と呼び、パリサイ派・人の語源になりました。

異邦人アンティオコス・エピファネスに立ち向かった『ユダ・マカベア』は、このハシディームに属する者でした。

 

BC167年…『マカバイ戦争(ユダヤの独立戦争)』勃発。

BC165年、第九の月(キスレウの月、現12月)の25日マッタテヤの長子ユダの指揮の下で、アンティオコス・エピファネスからエルサレムを奪還し、神殿をきよめ、聖所にある『メノラー(七枝の燭台)』に火を灯す際、油が1日分しかなかったのに8日間灯り続けたということで、ハヌカの祭りでは『ハヌキヤ』という九枝の燭台を用いることになりました。(中央は種火に使います。)

 

こうしてユダヤは一時的に独立国となります。しかし、すぐに次に勢力を伸ばした『ローマ帝国』によって支配されてしまいます。そんな中、今度は『真の光』としてメシアである神の御子イエスが来臨されるのです。

 

一説によると、クリスマスは『光の祭り』とも呼ばれる『ハヌカの祭り』がキスレウの月(12月)25日〜八日間にわたり、喜び、祝われることから、『真の光』として来られた方を喜ぶ日として祝われるようになったそうです。

*ユダヤ歴は、1ヶ月=30日であるため、太陽暦では毎年 日にちが変わります。2015年は12月6日の日没〜14日になります。

 

*マカバイ時代の神殿は、バビロン捕囚からの帰還後に建てられた第二神殿であり、まだ『異邦人の庭』はありません。しかし、異邦人アンティオコス・エピファネスによって神殿が汚されたことが、以下に記されています。

 

旧約聖書外典】マカバイ記6章 (新共同訳聖書より引用)

6:1ーその後程なく、王はアテネ生まれの長老を派遣した。王はユダヤ人を無理やりに父祖伝来の律法から引き離し、神の律法に沿った生き方を禁じ、

6:2エルサレムの神殿を汚し、その神殿をゼウス・オリンポスの宮と呼ばせ、地域住民が集まってくるゲリジム山の神殿をゼウス・クセニオスの宮と呼ばせた。

6:3のしかかってきた悪は、すべての人にとってまことに耐え難く、不愉快極まりないものだった。

6:4実際、神殿には娼婦と戯れる異邦人たちの乱痴気騒ぎが充満し、境内では女たちとの交わりが行われるようになった。その上、禁じられている物まで持ち込まれ、

6:5祭壇には、律法によって禁止されたものが山のように供えられた。

6:6今や安息日を守ることも、父祖伝来の祝祭を執り行うこともできず、自分がユダヤ人だということさえ、公然とは口にできなくなった。

6:7ー毎月、王の誕生日には、いけにえの内臓を食べることを、有無を言わせず強制され、ディオニソスの祭りがくると、つたの冠をかぶり、ディオニソスのための行列に参加することを強制された。

6:8プトレマイオスの進言で、近隣のギリシアの支配下にある町々に勅令が出た。それによって、それらの町々も、ユダヤ人に対しては同様の政策をとり、彼らにいけにえの内臓を食べさせることとし、

6:9ギリシア的慣習に進んで従わない者は、殺すことになった。試練の嵐は目前に迫った。

6:10息子に割礼を施したという理由で、二人の女が引き出された。その胸には乳飲み子をかけられ、彼女たちは公衆の面前で町中引き回されたあげく、城壁から突き落とされた。

6:11また、近くの洞穴に逃げ込み、ひそかに集まって安息日を守っていた人々があったが、フィリポスに密告された。その人々は、尊ぶべき日を守りたいと切望して信仰深く身を持し、あえて防御しなかったので、皆、焼き殺されてしまった。

6:12さて、わたしはこの書を読む者がこのような災難に気落ちせず、これらの罰は我々民族を全滅させるためのものではなく、むしろ教訓のためであると考えるよう勧めたい。

6:13我々の場合、主を汚す者を主はいつまでも放置せず、直ちに罰を下される。これは大いなる恵みの印である。

6:14~15他の国民の場合、主は、彼らの罪の芽が伸びるのを、じっと待っておられるが、我々に対して直ちに罰を下されるのは、芽が伸びきらないうちに摘んでしまうためである。

6:16主はわたしたちへの憐れみを決して忘れられない。主は、災いをもって教えることはあっても、御自分の民を見捨てられることはないのだ。

6:17以上のことを心に留めて、直ちに物語の本筋に戻ろう。

6:18ーさて律法学者として第一人者で、既に高齢に達しており、立派な容貌の持ち主であったエレアザルも、口をこじあけられ、豚肉を食べるように強制された。

6:19~20しかし彼は、不浄な物を口にして生き永らえるよりは、むしろ良き評判を重んじて死を受け入れることをよしとし、それを吐き出し、進んで責め道具に身を任そうとした。これこそ、生命への愛着があるとはいえ、口にしてはならないものは断固として退けねばならない人々の取るべき態度である。

6:21ところがそのとき、禁じられたいけにえの内臓を食べさせる係の者たちは、エレアザルと旧知の間柄であったので、ひそかに彼に席を外させて、王が命じたいけにえの肉を口にした振りをして、彼自身が用意し、持参している清い肉を食べることを勧めた。

6:22そうすれば、彼は死を免れ、その上、彼らとの昔からの友情のゆえに優遇されることになるからであった。

6:23これに対して、彼は筋の通った考えを持っていて、その年齢と老年のゆえの品位、更に新たに加わった立派な白髪、だれにもまさった幼いときからの生き方にふさわしく、とりわけ神が定められた聖なる律法に従って、毅然とした態度でちゅうちょすることなく、「わたしを陰府へ送り込んでくれ」と言った

6:24ー「我々の年になって、うそをつくのはふさわしいことではない。そんなことをすれば、大勢の若者が、エレアザルは九十歳にもなって異教の風習に転向したのか、と思うだろう。

6:25その上彼らは、ほんのわずかの命を惜しんだわたしの欺きの行為によって、迷ってしまうだろう。またわたし自身、わが老年に泥を塗り、汚すことになる。

6:26ーたとえ今ここで、人間の責め苦を免れえたとしても、全能者の御手からは、生きていても、死んでも逃れることはできないのだ。

6:27だから今、男らしく生を断念し、年齢にふさわしい者であることを示し、

6:28若者たちに高貴な模範を残し、彼らも尊く聖なる律法のためには進んで高貴な死に方ができるようにしよう。」こう言い終わると、直ちに責め道具の方へ歩いて行った。

6:29今し方まで、彼に好意を寄せていた人々も、この語られた言葉のゆえに、反感を抱くようになった。彼らはエレアザルの気が違ったのだと思った。

6:30ー鞭の下で、まさに息絶えんとしたとき、彼はうめき声をあげて言った。「聖なる知識を持っておられる主は、すべてのことを見通しておられる。わたしは死を逃れることもできたが、鞭打たれ、耐え難い苦痛を肉体で味わっている。しかし、心では、主を畏れ、むしろそれを喜んで耐えているのだ。」

6:31彼はこのようにして世を去った。その死はただ単に若者ばかりか、少なからぬ同胞の心に高潔の模範、勇気の記念として残されたのである。

 

 

*続く7章には、七人の兄弟の殉教の様子が詳細に記されています。

7:1また次のようなこともあった。七人の兄弟が母親と共に捕らえられ、鞭や皮ひもで暴行を受け、律法で禁じられている豚肉を口にするよう、王に強制された。

7:2彼らの一人が皆に代わって言った。「いったいあなたは、我々から何を聞き出し、何を知ろうというのか。我々は父祖伝来に律法に背くくらいなら、いつでも死ぬ用意はできているのだ。」

7:3王は激怒した。そして大鍋や大釜を火にかけるように命じた。

7:4直ちに火がつけられた。王は命じて、他の兄弟や母の面前で、代表して口を開いた者の舌を切り、スキタイ人がするように頭の皮をはぎ、その上、体をあちらこちらをそぎ落とした。

7:5こうして見るも無残になった彼を、息のあるうちにかまどの所へ連れて行き、焼き殺すように命じた。鍋から湯気が辺り一面に広がると、兄弟たちは母ともども、毅然として、くじけることなく死ねるように互いに励まし合い、そして言った。

7:6ー「主なる神がわたしたちを見守り、真実をもって憐れんでくださる。モーセが不信仰を告発する言葉の中で、『主はその僕を力づけられる』と明らかに宣言しているように。」

7:7こうして最初の者の命を奪うと、次に二番目の者を引き出し、これを辱めた。頭の皮を髪の毛もろともはぎ取ってから、「肉を食え。それとも体をばらばらにされたいのか」と言った。

7:8しかしそれに対して彼は、父祖たちの言葉で、「食うものか」と答えた。そこで彼は最初の者と同じように拷問にかけられた。

7:9息を引き取る間際に、彼は言った。「邪悪な者よ、あなたはこの世から我々の命を消し去ろうとしているが、世界の王は、律法のために死ぬ我々を、永遠の新しい命へとよみがえらせてくださるのだ。

7:10彼に続いて三番目の者もなぶりものにされた。彼は命ぜられると即座に舌を差し出し、勇敢に両手を差し伸べ、

7:11毅然として言った。「わたしは天からこの舌や手を授かったが、主の律法のためなら、惜しいとは思わない。わたしは、主からそれらを再びいただけるのだと確信している。」

7:12ーそこで、王自身も供の者たちも、苦痛をいささかも意に介さないこの若者の精神に驚嘆した。

7:13やがて彼も息を引き取ると、彼らは四番目の者も同様に苦しめ、拷問にかけた。

7:14死ぬ間際に彼は言った。「たとえ人の手で、死に渡されようとも、神が再び立ち上がらせてくださるという希望をこそ選ぶべきである。だがあなたは、よみがえって再び命を得ることはない。」

7:15続いて五番目の者を引き出して拷問にかけた。

7:16彼は王を見つめて言った。「あなたは朽ちるものであるのに、人々に君臨し、何でも好き勝手なことをしている。しかし、わが民族が神から見捨てられたなどとゆめゆめ思うな。

7:17やがてあなたは、神の力の偉大さを思い知るだろう。神はあなたとあなたの子孫を苦しみに遭わせるからだ。」

7:18それから六番目の者が引き出された。彼は死を目前にしてこう言った。「思い違いも甚だしい。我々は我々の神に対して罪を犯したため、このような目に遭っているのだ。いかなる罰であろうとも致し方ない。

7:19しかし、あなたは神を敵にしたのだ。ただでは済まないぞ。」

7:20それにしても、賞賛されるべきはこの母親であり、記憶されるべき模範であった。わずか一日のうちに七人の息子が惨殺されるのを直視しながら、主に対する希望のゆえに、喜んでこれに耐えたのである。

7:21崇高な思いに満たされて、彼女は、息子たち一人一人に父祖たちの言葉で慰めを与え、女の心情を男の勇気で奮い立たせながら、彼らに言った。

7:22「わたしは、お前たちがどのようにしてわたしの胎に宿ったのか知らない。お前たちに霊と命を恵んだのでもなく、わたしがお前たち一人一人の肢体を組み合わせたのでもない。

7:23人の出生をつかさどり、あらゆるものに生命を与える世界の造り主は、憐れみをもって、霊と命を再びお前たちに与えてくださる。それは今ここで、お前たちが主に律法のためには、命をも惜しまないからだ。」

7:24アンティオコスは侮辱されたと感じ、その声に非難の響きを聞き取った。彼は、いちばん末の息子がまだ生きていたので、言葉で勧告するだけでなく、誓いをもって、「もし先祖の慣習を捨てるなら、富と最高の幸福を保障し、王の友人として遇し、仕事も与えよう。」と約束した。

7:25だが、若者が全く耳を貸そうとしないので、王は母親を呼び寄せて、少年を救うために一役買うようにと勧めた。

7:26王があまりに強く勧めるので、母親は息子を説得することを承知した。

7:27しかし母親は、若者の上に身をかがめ、残酷な暴君をあざけってから、父祖たちの言葉で言った。「わが子よ。わたしを憐れんでおくれ。私はお前を九ヶ月も胎に宿し、三年間乳を含ませ、養い、この年になるまで導き育ててきました。

7:28子よ。天と地に目を向け、そこにある万物を見て、神がこれらのものを既に在ったものから造られたのではないこと、そして人間も例外ではないということを知っておくれ。

7:29この死刑執行人を恐れてはなりません。兄たちに倣って、喜んで死を受け入れなさい。そうすれば、憐れみによってわたしは、お前を兄たちと共に、神様から戻していただけるでしょう。」

7:30彼女が語り終えるとすぐ、若者は王に言った。「何を待っているのだ。わたしは王の命令などに耳は貸さない。わたしが従うのは、モーセを通して我々の先祖に与えられた律法の命令である。

7:31しかし、ヘブライ人に対して悪辣非道を重ねてきたあなたは、神の御手を逃れることはできないのだ。

7:32我々が今苦しんでいるのは、我々自身の罪のせいだ。

7:33我々の生ける主は、戒めと教育のため、しばしの間怒られても、御自分の僕たちと必ず和解してくださるのだ。

7:34不信心で、人類のうち最も汚れた者よ、あなたは天の子らの上に手を振り上げ、むなしい望みを掲げてしたいほうだいのことをしているが、思い上がりも程々にしたらどうか。

7:35あなたはまだ、全能にしてすべてを見通される神の裁きから逃れおおせたわけではない。

7:36わたしたち兄弟は、永遠の命のために、つかの間の苦痛を忍び、神の契約の下に倒れたのだ。だがあなたは、神に裁かれ、その高慢さに似合った罰を受けるがいい。

7:37わたしも、兄たちに倣って、この肉体と命を、父祖伝来の律法のために献げる。神が一刻も早く、わが民族に憐れみを回復し、また、あなたには苦しみと鞭を与えて、この方こそ神であるとあなたが認めるよう、わたしは願っている。

7:38ーわたしたち一族の者全員に、正しくも下された全能の神の怒りが、どうか私と私の兄弟たちをもって終わるように。」

7:39すると王は彼に対して憤りを覚え、このあざけりを苦々しく思って、他の者以上に彼を残酷に扱った。

7:40こうしてこの罪もない若者は、主を完全に信頼しつつ世を去ったのである。 

7:41最後に、子供たちの母親も死んだ。

7:42さて、汚れた肉を食することを強要された話とそれに伴う激しい拷問についての話は、これくらいにしておこう。

 

彼らは『復活信仰』を持っていたがゆえに、この迫害に耐えることができました。もしそうでなければ、この母親は七人の息子が次々と目の前で、拷問によって殺されていくのを直視してもなお、正気でいることはできなかったでしょう。

 

ヘレニズム化する中で、父祖たちの言葉であるヘブル語で、父祖伝来のモーセの律法を厳守するために、死を選ぶ程の信仰…。

これと同じようなことが、患難時代という迫害の時代に『反キリスト』によって行われ、2/3ユダヤ人が殺されることになるのです。

 

患難時代は律法ではなく、メシアであるイエスを信じる信仰を守り続けなくてはなりません。ここにも『復活信仰』があります。

黙示録2:10bー死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。

 

ですから分母の数が出来る限り減らされるように、ユダヤ人の霊的救いを祈る必要があります。

今の教会時代のうちにメシアを信じる者は、患難時代が来る前に『携挙』によって守られることになるからです。

 

マカバイ時代のユダヤ人たちは偶像崇拝の罪が問われましたが、メシアが既に来られた後、患難時代のユダヤ人たちは『メシアであるイエスを十字架につけた罪』が問われることになります。

その結果、全体の1/3のユダヤ人が『レムナント』として悔い改め、民族的回心が実現します。その時、キリストの地上再臨が起こるのです。

 

神様の選びの民であるユダヤ人の民族的救いは必ず成就するのですから、私たちは『霊的イスラエル』などと驕り高ぶることなく、ユダヤ人にねたみを起こさせるほどの信仰を持つべきですね。

 

ローマ11:11~14ーでは、尋ねましょう。彼らがつまずいたのは倒れるためなのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、彼らの違反によって、救いが異邦人に及んだのです。それはイスラエルにねたみを起こさせるためです。

もし彼らの違反が世界の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らの完成は、それ以上の、どんなにかすばらしいものを、もたらすことでしょう。

そこで、異邦人の方々に言いますが、私は異邦人の使徒ですから、自分の務めを重んじています。

そして、それによって何とか私の同国人にねたみを引き起こさせて、その中の幾人でも救おうと願っているのです。