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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

1ヨハネの手紙 2章

ヨハネ2:1ー私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯すことがあれば、私たちには、御父の前で弁護する方がいます。義なるイエス・キリストです。

 *私の子どもたちヨハネはこの時、かなりの高齢になっていました。そのヨハネから霊的に若い信者たちに対する呼びかけです。

 

*これらのこと…1ヨハネの手紙1章の内容。

 

*罪を犯さないようになる…習慣的な罪から解放される、という意味。

*罪…神様の基準を満たしていないこと。到達していないこと。足りないこと。

人には『原罪』があり肉の弱さがあるため、罪を犯さずにいられる人はひとりもいません。ローマ3:10ー義人はいない。ひとりもいない。

 

しかし、人として来られた神の御子イエスが唯一、罪を犯さなかった完全なる義なるお方です。私たちが罪を犯すことがあれば、この義なるイエスが御父の前で弁護してくださいます。とりなしてくださいます。そのために、主は復活後『御国の大祭司』となってくださいました。

イザヤ53:5ーしかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、

私たちの咎のために砕かれた。

彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、

彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

 

キリスト・イエスの復活は、御父が神の小羊としての贖罪の死とその血を、受け入れてくださったということです。

ローマ8:34ー罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。

 

 

ヨハネ2:2ーこの方こそ、私たちの罪のための―私たちの罪だけでなく、世全体のための―なだめの供え物です。

*なだめの供え物…新共同訳:罪を償ういけにえ。 

ローマ3:25ー神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。

 

 

ヨハネ2:3ーもし、私たちが神の命令を守るなら、それによって、私たちは神を知っていることがわかります。

1コリント15:3~5にある福音の三要素『キリストは私たちの罪のために十字架で死なれたこと』『葬られたこと』『三日目によみがえられたこと』を信じるなら救われます。

 

肉体の死の間際に信じた人などは、神の命令を守りたくてもその機会さえありません。また、霊的に幼いが故にみことばを読んでも理解せず、神の命令を守れない人もいます。では、これらの人々は救われていないのかというと、答えは “NO” です。彼らは他の人々に対し、信じていることを証明するのが難しいだけです。

ローマ10:9~10ーなぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。 

人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

 

*ただし、心に信じることなく、口先だけでイエスに向かって「主よ。主よ。」と言う者は、義と認められずに天の御国に入ることはできません。

マタイ10:21ーわたしに向かって、「主よ、主よ。」と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。

そのみこころを教えているのが『神の命令』なのです。

 

 

ヨハネ2:4ー神を知っていると言いながら、その命令を守らない者は、偽り者であり、真理はその人のうちにありません。

 *神を知っている…そう言っていたのは、グノーシス主義の者たちです。彼らはそう言ってはいましたが、神の命令を守らずに、ギリシャ哲学に基づいた人間の教えに従っていました。

 

 

ヨハネ2:5ーしかし、みことばを守っている者なら、その人のうちには、確かに神の愛が全うされているのです。それによって、私たちが神のうちにいることがわかります。

 *みことばを守っている者…つまり、みことばを読み(聞き)、学び(その意味を解き明かされ)、理解して初めて『みことばを守る』ことができます。ですから、みことばを守る者というのは、『神を知っている者』たちのことです。

私たちが守るべきは、古いモーセ契約による『モーセの律法』ではなく、イエスによって再確認された『黄金律』と呼ばれる『愛の律法』です。

 

マルコ12:29~31ー「一番たいせつなのはこれです。イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。

心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。

次にはこれです。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。この二つより大事な命令は、ほかにありません。」

 

 

ヨハネ2:6ー神のうちにとどまっていると言う者は、自分でもキリストが歩まれたように歩まなければなりません。

 *キリストが歩まれたように歩む…①キリストを手本とし、キリストにならう生き方。

②愛の実践。キリストがそうされたように、自己犠牲の愛。

マタイ10:38ー自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。

 

 

ヨハネ2:7ー愛する者たち。私はあなたがたに新しい命令を書いているのではありません。むしろ、これはあなたがたが初めから持っていた古い命令です。その古い命令とは、あなたがたがすでに聞いている、みことばのことです。

 *古い命令レビ記19:18ー復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である。

 

イエスによって再確認された『黄金律』の二番目は、新しい命令ではなく、すでに旧約聖書レビ記の中で命じられていた『古い命令』でした。

 

ヨハネ2:8ーしかし、私は新しい命令としてあなたがたに書き送ります。これはキリストにおいて真理であり、あなたがたにとっても真理です。なぜなら、やみが消え去り、まことの光がすでに輝いているからです。

 

その『古い命令』を、イエスは『新しい戒め』と呼ばれました。

ヨハネ13:34~35ーあなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。

わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。

 

 

 

ヨハネ2:9ー光の中にいると言いながら、兄弟を憎んでいる者は、今もなお、やみの中にいるのです。

*兄弟(姉妹)を憎んでいる者…ここでは、グノーシス主義者たちを指します。彼らは兄弟たちとの『主にある交わり』から離れていきました。それによって、彼らがまだ『やみの中にいる』ことが明らかとなりました。

 

 

ヨハネ2:10ー兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。

 *つまづくことがない…みことばの光により、何を成すべきか、何が正しいかを判別することができるため。

詩篇119:105ーあなたのみことばは、私の足のともしび、

私の道の光です。

 

 

ヨハネ2:11ー兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩んでいるのであって、自分がどこへ行くのか知らないのです。やみが彼の目を見えなくしたからです。

 *やみ…みことばの光が差し込まない罪の世界では、何が正しくて、何を成すべきか、どこに歩むべき道があるのかさえわかりません。

 

 

ヨハネ2:12ー子どもたちよ。私があなたがたに書き送るのは、主の御名によって、あなたがたの罪が赦されたからです。

 ここからヨハネは、この手紙を書く理由の説明に入ります。

 

*子どもたちよギリシャ語:テクニア。救われたばかりの人々、霊的幼子のこと。

*主に御名によって…イエスを信じる信仰によって。

クリスチャンになった者は誰でも『罪の赦し』を経験しています。

 

 

ヨハネ2:13ー父たちよ。私があなたがたに書き送るのは、あなたがたが、初めからおられる方を、知ったからです。若い者たちよ。私があなたがたに書き送るのは、あなたがたが悪い者に打ち勝ったからです。

 *父たちよ…信仰生活が長く、霊的に成熟した者たち。かれらは、神に対する十分な理解があります。

 

*若い者たちよ…霊的成長途上にいる者たち。霊的幼子状態から成長し、みことばによって養われつつ、誘惑と戦ったり、伝道したりしている者たちのこと。

ヤコブ1:21ーですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。

 

 

ヨハネ2:14ー小さい者たちよ。私があなたがたに書いて来たのは、あなたがたが御父を知ったからです。父たちよ。私があなたがたに書いて来たのは、あなたがたが、初めからおられる方を、知ったからです。若い者たちよ。私があなたがたに書いて来たのは、あなたがたが強い者であり、神のみことばが、あなたがたのうちにとどまり、そして、あなたがたが悪い者に打ち勝ったからです。

*小さい者たちギリシャ語:パイディア。イエスを通して、御父を知るようになった者たち。

ヨハネ14:9bーわたしを見た者は、父を見たのです。 

 

 

ヨハネ2:15ー世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。

 

 

ヨハネ2:16ーすべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。

*世ギリシャ語:コスモス。この世はサタンの支配下にあり、その価値観に基づいて動いているため、神に敵対するものとなっています。

エペソ2:1~2ーあなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、

そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。

 

*肉の欲、目の欲、暮し向きの自慢など…信者が経験する霊的戦いの主な領域。

イエスが悪魔の誘惑を受けるために、御霊に導かれて荒野に行かれた時に体験されたのもこれらの領域でした。

悪魔の誘惑 vs 御子イエス 〜マタイ4:1~11〜 - サザエのお裾分け

 

①肉の欲…食欲。マタイ4:3「あなたが神の子なら。この石がパンになるように、命じなさい。」

②目の欲マラキ3:1『主が突然、その神殿に来る』と預言されていた。マタイ4:5~6

③暮し向きの自慢…生活のおごり。マタイ4:8~9

 

 

ヨハネ2:17ー世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行う者は、いつまでもながらえます。

この世の物はやがて朽ちていきます。しかし、神のみこころを行う者は、朽ちない永遠の御国でいつまでも住まうのです。

 

 

ヨハネ2:18ー小さい者たちよ。今は終わりの時です。あなたがたが反キリストの来ることを聞いていたとおり、今や多くの反キリストが現れています。それによって、今が終わりの時であることがわかります。

 *終わりの時…神様の人類救済計画の最終段階、という意。

神があらかじめ定めておられる異邦人の救いの数が満ちると『携挙』が起こり、ユダヤ人のレムナントが救われると『キリストの地上再臨』が起こって『メシア的王国』である千年王国に入ります。

 

*反キリスト…ここでの意味は、聖書とは異なる教理を広めている者たちのこと。

マタイ24:4~5ーそこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないようにしなさい。

わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそキリストだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。

 

 

ヨハネ2:19ー彼らは私たちの中から出て行きましたが、もともと私たちの仲間ではなかったのです。もし私たちの仲間であったのなら、私たちといっしょにとどまっていたことでしょう。しかし、そうなったのは、彼らがみな私たちの仲間でなかったことが明らかにされるためなのです。

 

ヨハネが『反キリスト』と呼んでいる者たちは、信者との主にある交わりから出て行きました。本当の信者なら、主にある交わりから出て行くことはないと言っています。

 

 

ヨハネ2:20ーあなたがたには聖なる方からのそそぎの油があるので、だれでも知識を持っています。

*そそぎの油聖霊のこと。聖霊の内住。

ヨハネ14:17ーその方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたと共に住み、あなたがたのうちにおられるからです。

 

Ⅱコリント1:21ー私たちをあなたがたといっしょにキリストのうちに堅く保ち、私たちに油をそそがれた方は神です。

 

ヨハネ1:27aーあなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています。 

 

 

ヨハネ2:21ーこのように書いて来たのは、あなたがたが真理を知らないからではなく、真理を知っているからであり、また、偽りはすべて真理から出てはいないからです。

 

ヨハネ聖霊の内住があることを思い起こさせ、反キリストの教えに惑わされることなく、キリストの教えのうちにとどまるように励ましています。

 

ヨハネ2:22ー偽り者とは、イエスがキリストであることを否定する者でなくてだれでしょう。御父と御子を否認する者、それが反キリストです。

 *偽り者…反キリストとその教えに従う者たち。

『純粋な福音の種』と『遺伝子組み替えの福音の種』 - サザエのお裾分け

 

異端的教えの特徴 - サザエのお裾分け

 

 

ヨハネ2:23ーだれでも御子を否認する者は、御父を持たず、御子を告白する者は、御父をも持っているのです。

 御子と御父は一つであるため、御子を否定する者は御父との関係は何もありません。

ヨハネ10:30わたしと父とは一つです。

 

 

ヨハネ2:24ーあなたがたは、初めから聞いたことを、自分たちのうちにとどまらせなさい。もし初めから聞いたことがとどまっているなら、あなたがたも御子および御父のうちにとどまるのです。

*初めから聞いたこと…福音のみことば。

異端やカルト的教会も『初めから聞いた教えにとどまっていなさい。』と信者を引き止めるためにこのようなみことばを用います。 

注意しなくてはいけないことは、初代教会時代の人々がどのような福音を聞き、信じ、救われたかであって、『あなたが初めて聞いた教え』のことではないということです!

 

 

ヨハネ2:25ーそれがキリストご自身の私たちにお与えになった約束であって、永遠のいのちです。

ヨハネ3:16神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 

 

 

ヨハネ2:26ー私は、あなたがたを惑わそうとする人たちについて以上のことを書いて来ました。

 現在でも『惑わそうとする人たち』がいます。ですから、私たちは聞いたことを鵜呑みにするのではなく、必ず聖書のみことばで確認する必要があります。

使徒17:11b非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。

 

ヨハネ22:27ーあなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています。それで、だれからも教えを受ける必要がありません。彼の油がすべてのことについてあなたがたを教えるように、――その教えは真理であって偽りではありません――また、その油があなたがたに教えたとおりに、あなたがたはキリストのうちにとどまるのです。

*だれからも教えを受ける必要がありません…『全く教えてもらう必要がない』という意味ではありません。なぜヨハネがこう書き記したのか、ここでは二つの理由が考えられます。

①反キリスト(グノーシス主義の指導者たち)から教えてもらう必要がない。もしくは、

②すでに救われた者たちは、信仰の基礎を知っているので、基本的なことについて教えてもらう必要がない、という意味のいずれかでしょう。

 

ヨハネ14:26ーしかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたにはなしたすべてのことを思い起こさせてくださいます。

 

ヨハネ16:8ーその方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。

 

 

ヨハネ2:28ーそこで、子どもたちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、キリストが現れるとき、私たちが信頼を持ち、その来臨のときに、御前で恥じ入るということのないためです。

*キリストのうちにとどまっていなさいヨハネ15:5ーわたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

 

キリストのうちにとどまる(みことばにとどまる)人は、多くの『御霊の実』を結びます。キリストを信じてはいても、みことばにとどまっていなければ、『肉の行い』ばかりで実を結ぶことはありません。枝や葉ばかりで、キリストの御前に出て火で信仰生活の真価を試された時、みな燃えてしまい恥じ入ることになります。

終末における三つの裁きの座 - サザエのお裾分け

 

 

ヨハネ2:29ーもしあなたがたが、神は正しい方であると知っているなら、義を行う者がみな神から生まれたこともわかるはずです。

*神は正しい方である…新共同訳:御子が正しい方だと知っているなら。

*神から生まれた…霊的新生。Born Again Christian。

ニコデモ - サザエのお裾分け

 

 

神様のご計画の一つには、人類の救いがあります。しかし、キリストを信じて救われたから、あとは何もしなくていい、好きに生きてもキリストがすべての罪を十字架で贖ってくれたのだから赦されている…という生き方は、聖書的な神が喜ばれる生き方ではありません。信じた者としてキリストに相応しく、みことばにとどまり、御霊の実を結び、神の御栄光をあらわす生き方が、キリストの御前で恥じない生き方、信仰の歩みです。

 

イザヤ43:7ーわたしの名で呼ばれるすべての者は、

わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、

これを形造り、これを造った。

 

イザヤ43:21ーわたしのために造ったこの民は、

わたしの栄誉を宣べ伝えよう。