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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

ヘブル人への手紙 2:10~18 〜御子による救い〜

神の御子イエスは、なぜ『人』として来られたのでしょう?

なぜ、ローマの極刑である十字架での苦しみの『死』を迎えなければならなかったのでしょう?

 

著者は、10~18節で『メシアの死』の目的について述べています。

イエスの受肉と十字架に死には、四つの理由がありました。

 

1)多くの子たちを栄光に導くためヘブル2:10~13

2)死の力を持つものを滅ぼすためヘブル2:14

3)信者たちを解放するためヘブル2:15

4)人を助けるためヘブル2:16~18

 

 一つ一つの目的を見ていきたいと思います。

 

1)多くの子たちを栄光に導くためヘブル2:10~13

ヘブル2:10ー神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者を、多くの苦しみを通して全うされたということは、万物の存在の目的であり、また原因でもある方として、ふさわしいことであったのです。

 

*多くの子たちを栄光に導く『メシアの死』の目的。 

罪を犯した人間を救うために、神の御子が『御使い』になるようなことはなさらなっかたのです。御子は『人間イエス』として誕生され、『死ぬ』ことが可能となりました。

『イエス』という御名は、人としての名前です。

ですから、私たちは『イエス』の御名を口にすることができるのです。

 

罪ある人々と神との関係を回復するためには、『死』が要求されました。

それを表している『型』となるのが、律法による動物のいけにえであり、さらに遡れば『エデンの園』を追放されるアダムとエバに神が与えてくださった『皮の衣』がその予表となっています。

 

そのことを正しく理解したのがアベルであり、神の方法ではなく自分の良いと思った方法で捧げ物をささげたのがカインでした。

神は、御心に従ったアベルの捧げ物を受け入れられたのです。 

osusowake.hatenablog.com

 

『贖い主』は、『贖われる者(人間)』にまさります。

『贖われる者(人間)』は、『贖いを提供されなかった者たち(御使いたち)』に優ります。

 

『贖いを提供されなかった者たち』とは、不信者のことではなく、御使いたちのことです。堕落した御使いたち/堕天使たちのために、身代わりとなってくださる『贖い』は与えられませんでした。

ですから、御使いたちは『救いの証し』をすることはできないのです。

Ⅱペテロ2:4ー神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄に引き渡し、さばきの時まで暗やみの中に閉じ込めてしまわれました。

 

この時点で、『贖われた者たち(人間)』は堕落した御使いたちにまさり、信者はやがて『堕落した御使いたち』を裁くことになります。

 1コリント6:3私たちは御使いをもさばくべき者だ、ということを、知らないのですか。それならこの世のことは、言うまでもないではありませんか。

 

このように、イエスが提供した『救い』は、御使いたちにではなく、人間にもたらされたものなのです。

 

*救いの創始者…支配、指導、先駆ける、の意。

御子は、私たちの支配者、指導者、先駆者です。

 

【御子が贖いの先駆者である三つの特徴】

①御子は苦しみを全うされた。

*全うギリシャ語:目標に達する、の意。御子は苦しみを通して、人間としての使命を達成されました。

 

②御子は『多くの子たちを栄光へと導く』。

 

③それは『神の目的に基づく』:万物の存在の目的であり、また原因でもある方:御子が人となり、苦しみを通過することは『神のご計画』でした。

  

 

ヘブル2:11ー聖とする方も、聖とされる者たちも、すべて元は一つです。それで、主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥としないで、こう言われます。

 

*聖とする方…メシア。 

ヘブル10:10ーこのみこころに従って、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされているのです。

 

ヘブル13:12ーですから、イエスも、ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けれられました。

 

*聖とされる者たち…信者たち。

ヘブル10:14ーキリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。

 

信者たちは、メシアによって聖化されるという意味で彼らは『一つ』です。神は彼らを人間性において一つとし、両者ともに神を『父』と呼びます。

この聖化の過程を通して、人は最終的に『栄化ー救いの完成ー』されるのです。

 

 

ヘブル2:12ー「わたしは御名を、わたしの兄弟たちに告げよう。

教会の中で、わたしはあなたを賛美しよう。」

 

【『メシアの人間との一体化』と『イエスの人間性』を示す旧約の引用箇所】

 

詩篇22:22ー私は、御名を私の兄弟たちに語り告げ、

会衆の中で、あなたを賛美しましょう。

 

*私の兄弟たち詩篇の著者は『ユダヤ人』ですから、『私の兄弟たち』とは著者と同じ『ユダヤ人』のことです。

*ここでは、復活に続くメシアとイスラエルとの関係を強調しています。

 

 

ヘブル2:13ーまたさらに、

「わたしは彼に信頼する。」

またさらに、

「見よ、わたしと、神がわたしに賜った子たちは。」

と言われます。

 

イザヤ8:17ー私はを待つ。

ヤコブの家から御顔を隠しておられる方を。

私はこの方に、望みをかける。 

 

*預言者イザヤが、イスラエルを贖う神に信頼を置いたことを記録している聖句です。

ヘブル書の著者はこれを、メシアが、敵が足台に置かれるまで、父なる神を信頼して待っている関係に適用しています。

 

イザヤ8:18ー見よ。私と、が私に下さった子たちとは、

シオンの山に住む万軍の主からの

イスラエルでのしるしとなり、

不思議となっている。

 

*イザヤは彼のふたりの息子たち、シェアル・ヤシュブ(レムナントは立ち返る、の意)とマヘル・シャラル・ハシュ・バズ(分捕りは早く、略奪は速やかに来る、の意)イスラエルに対するしるしとなったことを教える聖句です。

ヘブル書の著者は、これを御子がイスラエル対するしるしとなることに適用しています。

イザヤはしるしによって、イスラエルの『レムナント』と『ノンレムナント』を区別しました。ヘブル書の著者もまた、彼の時代(一世紀)の『レムナント』について言及しています。

 

 

2)死の力を持つものを滅ぼすため ヘブル2:14

 ヘブル2:14ーそこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、

 

*持っているギリシャ語:コイノニア ー『共通して持っている』という意味。

 御子が人間と共通して持っていたのは、『血と肉』でした。

神は霊であって、『血と肉』をお持ちではありませんが、御子が『人』として来られた時に、御子なる神が『血と肉』を持つことが可能となったのです。

ヨハネ4:24神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。

 

受肉の時に、御子は神としての性質を捨てたわけではなく、血と肉を持ちながら、罪を持たないという新たな性質を加えたのです。

 

*これらのものをお持ちになりギリシャ語:ただ中にいる、の意。

つまり、『本来との性質とは異なるものの中に、身を置かれた』という意味。

 

無限の神が、有限の『血と肉』を持つことは不自然なことですが、神はそれをなさいました。それゆえ御子は、死ぬことが可能となり、その死によってサタンの力を無効にされたのです。

 

*滅ぼし新改訳聖書では『滅ぼし』と訳されていますが、ギリシャ語ではそのような意味ではありません。

ギリシャ語:カタルゲオ…『無効にする』の意。

 

このことばは、モーセの律法が効力を失った』という意味で用いられるものです。

律法は破壊されたわけではなく、信者に対する拘束力を失くしたのです。

サタンは未だに存在し、死の力を持っています。しかし、信者に対してはその効力を失いました。

 

しかし、コリント人への手紙には『一つの例外』が記されています。 

1コリント5:1~5ーあなたがたの間に不品行があるということが言われています。しかもそれは、異邦人の中にもないほどの不品行で、父の妻を妻にしている者がいるとのことです。

それなのに、あなたがたは誇り高ぶっています。そればかりか、そのような行いをしている者をあなたがたの中から取り除こうとして悲しむこともなかったのです。

 私のほうでは、からだはそこにいなくても心はそこにおり、現にそこにいるのと同じように、そのような行いをした者を主イエスの御名によってすでにさばきました。

あなたがたが集まったときに、私も、霊においてともにおり、私たちの主イエスの権能をもって、

このような者をサタンに引き渡したのです。それは彼の肉が滅ぼされるためですが、それによって彼の霊が主の日に救われるためです。

 

ここでは、『除名された信者がサタンの権威の下に引き渡され、その者の肉体的死がサタンの手に委ねられた』 と教えています。重要なポイントは、彼の霊は救われており、霊的に滅ぼされることはないが、肉体的いのちはサタンに取られることがあり得るということです。ーこれが信者の死に対して、サタンが権威を振るう唯一の例外です。

 

イエスが十字架で死ぬまでの間、サタンの最大の武器は、肉体的死をもたらすことでした。しかしイエスは、そのサタンの武器を無力にし、サタンからその力を奪いました。メシアの武器は『永遠のいのち』です。主はこの武器を、自らの死を通して手にしたのです。

 

サタンは今も存在しています。しかし、信者はサタンに従う義務から解放されています。御子イエスは、私たちの先駆者であり、救いであり、私たちを聖化するだけでなく、死の力を持つサタンに勝利された方です。

 

ローマ6:22ーしかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです。

 

 3)信者たちを解放するためヘブル2:15

ヘブル2:15ー一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。

 

*死の恐怖…『死の恐怖』は、人を奴隷にします。しかし、信者はその恐怖と死そのものから解放されています。信者にとって『死』は、もはや罰ではなく『天に入るための道』となりました。

 

1コリント15:55ー「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」 

 

ピリピ1:21ー私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。

 

 

4)人を助けるため ヘブル2:16~18

ヘブル2:16ー主は御使いたちを助けるのではなく、確かに、アブラハムの子孫を助けてくださるのです。

*主は御使いたちを助けるのではなく…メシアの働きの対象は、御使いたちではなく『人間』でした。神は堕落した御使いたちにではなく、人間に救いを与えようとされたのです。

神は『救い』を与えるために、与えようとしている者のようにならなければなりませんでした。そのために、神は御使いになられたのではなく、『アブラハムの子孫ーダビデの子、ユダヤ』として、人となられたのです。

 

 

ヘブル2:17ーそういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるため、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。

 

*兄弟たちと同じ…御子の働きの内容は『贖い』です。

御子は三つの理由で『兄弟たちと同じ』にならなければなりませんでした。

あわれみを持つため…人間の属性。

忠実になるため…祭司職において。

大祭司となるため…人間(レビ族)だけが、祭司となり得るから。

ヘブル5:1ー大祭司はみな、人々の中から選ばれ、神に仕える事がらについて人々に代わる者として、任命を受けたのです。それは、罪のために、ささげ物といけにえとをささげるためです。

 

*なだめ…神の怒りを静めること。

イエスの死によって、神の罪に対する怒りは静められたのです。神の義が要求したものは、『民の罪のため』の御子の血による代価によって満たされました。

 

〜買い戻しの権利『ゴエ〜ル』〜

ヘブル2:14~17の内容は、旧約聖書の血縁者による『買い戻し』という概念が背景となっています。

返済不可能な額の負債を抱えた場合、モーセの律法ではそのような状況での解決策は自らを奴隷として売り、6年間仕えるという選択肢しかありませんでした。

その場合、奴隷からの解放にはふたつの選択肢がありました。

 

6年間奴隷として仕えた後に解放される場合と、血縁者が贖う場合の二通りでした。

血縁者が贖う場合は、6年が満ちる前に解放される可能性がありました。しかし、その贖いが『有効』であるためには、三つの要求事項が満たされる必要がありました。

 

❶買い戻す者は、贖われる者との血の繋がりを持った者であること。

見知らぬ者では無効。

イエスは、人となられた時に、全人類と血の繋がりを持った『血縁者』であられました。

第一に、『アブラハム-イサク-ヤコブの子孫』『ダビデの子』としてユダヤとして来られ、第二に、その系図には『異邦人の血』を持つことが記されています。

 

マタイ1:3~6ーユダに、タマルによってパレスとザラが生まれ、パレスにエスロンが生まれ、エスロンにアラムが生まれ、

アラムにアミナダブが生まれ、アミナダブにナアソンが生まれ、ナアソンにサルモンが生まれ、

サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、

エッサイにダビデ王が生まれた。  ダビデに、ウリヤの妻によってソロモンが生まれ、

 

*タマル、ラハブ、ルツ、ウリヤの妻(バテ・シェバ)…これら四人の女性はみな異邦人です。

 

❷買い戻しの代価を払う能力があること。

イエスは、十字架で流されたご自分の血によって、私たちを贖い出してくださいました。

 

 

1コリント6:20ーあなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。

 

1ペテロ1:18~19ーご承知のように、あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、

傷もなく汚れもない小羊ようなキリストの、尊い血によったのです。

 

❸買い戻しをする者に、代価を払う意志があること。

イエスご自身が次のように語り、買い戻しの意志を示されました。

 

ヨハネ10:18ーだれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。

 

 

ヘブル2:18ー主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。

 

著者は、人間が人生の苦しみを受けることに対するイエスの働きについても教えています。

御子が、兄弟たちを助けることができる二つの理由は、

①御子が試みられ、

②御子が苦しまれたためです。 

 

*助けるギリシャ語:『叫んでいる者に走り寄る』という意味。

 

信者が必要に迫られて叫ぶとき、イエスは走り寄って来てくださるのです。

私たち信者の『試練と苦しみ』のただ中で、イエスは『走り寄って来て』助けてくださるのです。

 

試みを受けている者たちを、深く憐れむことのできるお方に栄光と誉れがありますように。

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