サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

ヘブル人への手紙3:7~19 〜第二の警告:不従順となる危険性〜

この箇所は、民数記13~14章『カデシュ・バルネアの罪』が背景となっています。

神のみことばによる約束よりも、人の目で見、人が感じたこと、人のことばを信じることの危険性に、私たちも気をつけなくてはなりません。

 

何のことかよくわからないという方は、こちらを先にお読みください。

 

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『カデシュ・バルネアでの出来事』は、イスラエルの荒野の歴史のターニングポイントとなる重要な出来事でした。

以前にもイスラエルの民は、神に反逆し、つぶやきましたが、この出来事は詩篇95:9で『試み』と呼ばれる特別な反抗となりました。

詩篇95:9ーあのとき、あなたがたの先祖たちは

すでにわたしのわざを見ておりながら、

わたしを試み、わたしをためした。

 

そのため出エジプトの世代は、『約束の地』に入ることを許されなくなりました。

彼らはヨシュアとカレブと出エジプト時二十歳未満だった者を除く、すべての民が死に絶えるまで、40年間荒野の放浪を続けなければならなくなりました。

 

40年の間に荒野で生まれた民は、エジプトで『奴隷』として生まれたのではなく、『新しい世代』として『自由人』として生まれ、約束の地に入りました。

 

出エジプトの世代は『回帰不能点』に達し、彼らの不信仰による選びは、神の裁きを不可避なものとしたのです。その『裁き』とは、『約束の地の外で肉体的に死ぬ』というものでした。

民数記13~14章は、ヘブル書の受取人/読者たちに同じ『危機』が迫っていると適用されます。彼らのまた、肉体的死に直結する重要な決断を迫られていたのです。

 

聖書は一度『回帰不能点』に達すると、裁きが確定し、不可避になることを教えています。

この裁きは、霊的救いを失うというものではなく、肉体的裁きを招くものです。

 

1コリント5:5ーこのような者をサタンに引き渡したのです。それは彼の肉が滅ぼされるためですが、それによって彼の霊が主の日に救われるためです。

 

民数記14:20では、神は彼らを「赦す」と言われています。ですから、この裁きは、個人の救いに影響するものではなく、罪による肉体的な刈り取りを要求されるものです。

民数記14:20は仰せられた。「わたしはあなたのことばどおりに赦そう。

 

律法の仲介者となったモーセも、メリバでの一つの罪によって約束の地の外で死ななければなりませんでした。この罪は、モーセ個人の救いに影響を及ぼしたのではなく、自らの罪の肉体的刈り取りを迫られたものでした。

 

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ヘブル書の著者は、この箇所で『安息』ということばを頻繁に用いています。

【三つの異なる意味】

天地創造安息出エジプト世代に関連する預言的意味を持つ。

 詩篇95:7~11主は、私たちの神。

私たちは、その牧場の民、その御手の羊である。

きょう、もし御声を聞くなら、

メリバでのときのように、

荒野のマサでの日のように、

あなたがたの心をかたくなにしてはならない。

あのとき、あなたがたの先祖たちは

すでにわたしのわざを見ておりながら、

わたしを試み、わたしをためした。

わたしは四十年の間、

その世代の者たちを忌みきらい、そして言った。

「彼らは、心の迷っている民だ。

彼らは、わたしの道を知ってはいない」と。

それゆえ、わたしは怒って誓った。

「確かに彼らは、わたしの安息に、入れない」と。

 

*わざの完了…神は六日間でみわざを終え、七日目に休まれた。

 

適用過去に対する救いによる安息

メシアのみわざに信頼することで得られる安息。

救いを求めて律法に回帰しようとするものではありません。

信者は死ぬと、地上生涯における働きを終え、この安息に入ります。

 

 

②カナンの地での安息…歴史的意味。

申命記12:10ーあなたがたは、ヨルダンを渡り、あなたがたの神、があなたがたに受け継がせようとしておられる地に住み、主があなたがたの回りの敵をことごとく取り除いてあなたがたを休ませ、あなたがたが安らかにすむようになるなら、 

 

ヨシュア記21:44は、彼らの先祖たちに誓ったように、周囲の者から守って、彼らに安住を許された。すべての敵の中で、ひとりも彼らの前に立ちはだかる者はいなかった。はすべての敵を彼らの手に渡された。

 

*敵との闘争を終え、土地を所有し、土地の祝福を楽しむこと。

 

適用現在の献身により、神のみこころに従って生きることで得られる安息。

知恵、意思、心を従わせて、神の力に目を向けさせることにより、罪に打ち勝つもの。

 

 

安息の休み…預言的意味。

創世記2:2~3ー神は第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち第七日目になさっていたすべてのわざを休まれた。

神は第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。

 

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*霊的安息、または信仰による安息の人生。

狭義…霊的成熟。

広義…堕落によって失われ、メシア的王国(千年王国)で回復される安息。

 

適用:地上生涯での霊的成熟による安息の獲得と将来のメシア的王国(千年王国)での 安息。

 

 

旧約聖書からの教訓

ヘブル3:7ーですから、聖霊が言われるとおりです。

「きょう、もし御声を聞くならば、

 

*ですから… 直前までの内容を受けての適用。

御子はモーセよりも優れているのだから、受取人たちは不従順と背教に陥ってはならない、ということ。

 

*きょう3〜4章にかけて強調されている言葉。

ヘブル3:7~11は詩篇95:7~11を引用して、過去に起きた二つの出来事出エジプト記17:1~7, 民数記20:1~13)に言及しています。 それぞれ荒野の旅の始まりと終わりに起きた出来事です。

 

 

ヘブル3:8ー荒野での試みの日に

御怒りを引き起こしたときのように、

心をかたくなにしてはならない。

 

*御怒り… この出来事は『ターニングポイント』となるものだったため、『御怒り』と呼ばれています。

 

 

ヘブル3:9ーあなたがたの父祖たちは、

そこでわたしを試みて証拠を求め、

四十年の間、わたしのわざを見た。

 

*四十年の間… 放浪についての言及。

『40』は、試みの数。

AD30年のキリストの十字架の贖いから、ヘブル書が書かれる時までにかれこれ『40年』が経とうとしていました。そして、AD70年に神殿とエルサレムの崩壊が起こりました。十字架からエルサレム崩壊までが40年となります。

 

 

ヘブル3:10ーだから、わたしはその時代を憤って言った。

彼らは常に心が迷い、

わたしの道を悟らなかった。

 

*憤ってギリシャ語:『苛立たせる』『燃え上がる』の意。

神が出エジプトの世代に対して憤ったのは、彼らが常に『心が迷い』『神の道を悟らなかった』から。

 

ヘブル書の著者は、出エジプトの世代とヘブル書の受取人/読者たちとを対比しています。

 

*時代…『時代』『世代』には、三つのスパンがあります。

①40年…ここでは『世代交代』のための期間であり、出エジプトを経験した『世代』と当時子どもだったり、荒野で誕生した『世代』とが入れ替わって、約束の地カナンに入るための期間。 

 

②70〜80年…人の一生涯の長さ。

詩篇90:10ー私たちの齢は七十年。

健やかであっても八十年。

しかも、その誇りとするところは

労苦とわざわいです。

それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。

 

③100年…最長期間。千年王国で、肉体を持って誕生する人々が、不信仰の場合に死ぬ年齢。

創世記15:13ーそこで、あぶらむに仰せがあった。「あなたはこの事をよく知っていなさい。あなたの子孫は、自分たちのものでない国で寄留者となり、彼らは奴隷とされ、四百年の間、苦しめられよう。

創世記15:16aーそして、四代目の者たちが、ここに戻って来る。

*四百年で四代、つまり一代百年ということ。

 

イザヤ65:20ーそこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、

寿命の満ちない老人もない。

百歳で死ぬ者は若かったとされ、

*百歳にならないで死ぬ者は、

のろわれた者とされる。

 *百歳にならないで…『百歳で』の誤訳

ヘブル3:11ーわたしは、怒りをもって誓ったように、

決して彼らをわたしの安息に入らせない。」

 

カデシュ・バルネアで回帰不能点を超えた出エジプトの世代は、約束の地という『安息』に入れなくなりました。 

一般的に賛美歌で『約束の地』は、天の御国として描かれることが多いですが、聖書では『天』ではなく、『敵との戦いを終える安息』として見られています。

 

*この『裁き』は、永遠の救いとは無関係の教えです。

 

 

⑵ 教訓からの適用

ヘブル3:12ー兄弟たち。あなたがたの中では、だれも悪い不信仰の心になって生ける神から離れる者がないように気をつけなさい。

 

*兄弟たち…ヘブル書の受取人/読者たちが『信者である』ことの再確認。 

 

*気をつけなさい…警告。

『警告』の内容は、『悪い不信仰の心になる』こと。

これは『生ける神から離れる』ことにより証明されます。

 

*離れるギリシャ語:英語の “Apostasy” (背教する)という言葉の語源。

生ける神から背き、以前受けた教えから離れることで、信者は堕落し、他の信者たちも堕落させてしまいます。

 

 

ヘブル3:13ー「きょう」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。

 

*日々互いに励まし合ってギリシャ語:『寄り添って助ける』の意。

その目的は、『だれも罪に惑わされて、かたくなにならないようにする』ため。

 

*罪ギリシャ語:形容詞(英語のThis)が付いており、『この罪』に陥りそうになっている兄弟を見たならば、その人を助けるべきだという意味。

『この罪』は、迫害から逃れるための最良の方法であると信者をだますものでした。

 

*かたくなにならないように…かたくなになることへの薬は、信者の共同体を慰め、励ますことでした。 

 

 

ヘブル3:14ーもし最初の確信を終わりまでしっかり保ちさえすれば、私たちは、キリストにあずかる者となるのです。

 

著者はここで、教えの背後にある理由と必要性について説明しています。 

*もし〜保ちさえすれば…信者は『救いを相続するために、十分に長い期間確信を保たなければならない』という意味ではありません。

ここのギリシャ語は完了形が使われており、受取人/読者たちはすでに『信者ーキリストにあずかる者』であったことを意味しています。

彼らが『キリストにあずかる者である』ことを周囲の人々が認識するには、彼らが『最初の確信を終わりまでしっかりと保ちさえすれば』証明されるのです。

 

救いを得ているかどうかは、信仰に留まっていることによって証明されるのです。 

 

 

ヘブル3:15ー「きょう、もし御声を聞くならば、

御怒りを引き起こしたときのように、

心をかたくなにしてはならない。」

と言われているからです。

 

ここでのポイントは、『背教するな!』ということです。

 

 

⑶ 教訓の解釈

ここから著者は、三つの質問を投げかけて解釈していきます。

 

ヘブル3:16ー聞いていながら、御怒りを引き起こしたのはだれでしたか。モーセに率いられてエジプトを出た人々の全部ではありませんか。

 

❶御怒りを引き起こしたのはだれでしたか? 

A)神がエジプトから救い出した人々。

神に救われた者たちが、神を怒らせたのです。

 

 

ヘブル3:17ー神は四十年の間だれを怒っておられたのですか。罪を犯した人々、しかばねを荒野にさらした、あの人たちをではありませんか。

 

❷神は四十年の間 だれを怒っておられたのですか?

A)神がエジプトから救い出した人々。

彼らは『罪を犯した人々』であり、その刈り取りに苦しむことになった人々です。

彼らの罪は一度だけではありませんでした。

 

*しかばねを荒野にさらした…エジプトから救い出された人々の罪の結果。

これは、『回帰不能点』を超えたためにもたらされた肉体的裁きであって、霊的裁きではありません。

 

 

ヘブル3:18ーまた、わたしの安息に入らせないと神が誓われたのは、ほかでもない、従おうとしなかった人たちのことではありませんか。

 

❸わたしの安息に入らせないと神が誓われたのはだれですか? 

 A)エジプトから救い出された人々。

*従おうとしなかった…彼らは『不従順』によって、安息に入れなかった人々です。

 

 

ヘブル3:19ーそれゆえ、彼らが安息に入れなかったのは、不信仰のためであったことがわかります

 

19節は『結論』です。

*安息…神の『約束の地』での安息。

彼らのの反逆は、約束されていた数々の祝福を失うという結果を招きました。

 

イスラエルは、贖われた民としての地位を失ったわけではありません。なぜなら、彼らは再び『奴隷』としてエジプトに戻ったのではないからです。

彼らは未だに『神に贖われた選びの民』でした。

しかし彼らは、約束の地での祝福と平和な生活と安住を失ったのです。

 

彼らの失敗には、三つの段階がありました。

1)彼らは、『不信仰』に陥った。

2)その『不信仰』が、積極的な『不従順』へと発展した。 

3)積極的な『不従順』が、より広い意味での『あらゆる罪』をもたらした。

 

キリストが十字架で死んでから、およそ40年が経過しようとしていたヘブル書の受取人たちの世代にも、同じ状況が訪れていました。

AD70年の裁きは、この『40年の終わり』に起ころうとしていたのです。

ヘブル書の受取人/読者たちがユダヤ教に回帰するならば、彼らもまた『AD70年の裁き』に巻き込まれて、『肉体的な死』を通過することになるという危険性があったのです。

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