サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

ヘブル人への手紙4:11~13 〜第二の警告:安息に入ることへの勧め〜

ヘブル4:11ーですから、私たちは、この安息に入るよう力を尽くして努め、あの不従順の例にならって落後する者が、ひとりもいないようにしようではありませんか。

 

*ですからヘブル書4:1~10を学び、理解した上で、の意。

〜三つの意味の『安息』〜

 

天地創造の安息…信者は死ぬと地上生涯における働きを終え、この安息に入る。

②カナンでの安息…信者が神のみこころに従って生きることで得られる安息。

③安息の休み…霊的安息、または信仰による安息の人生の意味で、最終的には千年王国にて成就。

 

*私たちは、この安息に入るよう力を尽くして努め…霊的成熟を目指して進もうという勧め。

 

*力を尽くして努め…強い求めと緊急性が伺えることば。

ここで著者は、将来の栄光についてではなく、『現在』について強調しています。

安息日の休みは、霊的成熟の休みであり、ヘブル書の受取人/読者たちは『この休みに入るよう尽くして努める』必要があったのです。

 

*あの不従順の例にならって落後する者…著者は『落後する』危険性を踏まえて、受取人/読者たちに『あの不従順の例にならう者』が出ないようにと警告しています。

 

*あの不従順の例民数記13~14章のカデシュ・バルネアでの不従順の歴史的出来事のこと。このときの人々は、荒野で肉体的死を招きました。『落後する者』は、迫り来るAD70年の裁きで、同様の結果に苦しむことになるのです。一度福音を信じた彼らは、たましいの救いを失うことはありませんが、肉体の死を免れることはできなくなる危険性がありました。

 

 

ヘブル4:12ー神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。

 

新共同訳では、この聖句の最初に『というのは』と、霊的成熟を目指すべき理由としての説明があります。

不信仰が見過ごされることはありません。それは、神のみことばによって明らかにされます。

 

*神のことばは生きていて…肉体の死に打ち勝ち、復活されたキリストは今も生きて働かれています。神のことばは生きているため、いつの日か、それは私たちを神の御前に引き出します。

 

著者は『神のことば』を五つのことばで表現しています。

①生きていて…聖書のみことばは、生ける神から来ます。神の本質から来るものです。

神のことばは、霊的に死んだ罪人を生かすことができるのです。

osusowake.hatenablog.com

 

肉体の死に打ち勝ち、復活されたキリストは今も生きて働かれています。

ヨハネ1:1ー初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。

ヨハネ1:14ーことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

 

 

 

②力がありギリシャ語直訳:働いている、の意。

神のことばは、力強く人を変えることができる。

 

コロサイ1:29ーこのために、私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。

 

③鋭く…最も鋭い『両刃の剣』よりも鋭い、の意。

神のことばは、頻繁に『剣』と表現されています。

 

エペソ6:17ー救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。

*御霊の与える剣…新共同訳:『霊の剣』。

osusowake.hatenablog.com

 

④刺し通し…あまりの『鋭さ』のため、『たましいと霊』の合間さえ刺し通す。

*たましいと霊…聖書では繰り返し交互に使われる表現。この二つは、人間の内側に存在する分離不可能なものであり、人間の二面性を表現しています。

神のことばは、信者のたましいと霊をも刺し通し、侵入し、判別することができます。

 

*たましいと霊人間の内面の二面性を表す。

*関節と骨髄人間の物質面での二面性を表す。

 

 

⑤判別する…識別と判断、の意。英語:“critics” -批判、批評家、の語源。

みことばは『心のいろいろな考えやはかりごとを判別』できる批評家、の意。

 

*考え…人の考えている内容。

*はかりごと…なぜ、人が考えているか、の意。

神のことばは、この二つを判別することができます。

神のことばは、これら全てであり、信者たちは霊的成熟を目指して、力を尽くして努める必要がありました。

 

 

ヘブル4:13ー造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。

 

13節は、著者による結論です。

被造物で神の目にさらけ出されていないものはなく、最後には、すべての罪が主によって探しだされ、私たちはこの神に対して弁明をすることになります。

 

信者であれば『キリストの御座の裁き』で、不信者であれば『白い大いなる御座の裁き』で行われます。

osusowake.hatenablog.com

 

願わくは、このブログを読んでくださるすべての方々が、優秀な弁護人としてご自身の血による代価を払って無罪放免としてしてくださった『キリストの御座の裁き』に立ち、信仰の決算報告となりますように。