サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

イエスの誕生の時期と公生涯の期間

聖書は、神の選びの民『イスラエル』を通して、人類に与えられました。

 

…と言うと、ある人は「ルカの福音書の著者ルカは、異邦人では?」と思うかもしれませんが、聖書ははっきりと次のように述べています。

詩篇147:19~20ー主はヤコブには、みことばを、

イスラエルには、おきてとさばきを告げられる。

主はどんな国々にも、

このようには、なさらなかった。

さばきについて彼らは知っていない。

ハレルヤ。

 

ローマ3:1~2ーでは、ユダヤ人のすぐれたところは、いったい何ですか。割礼にどんな益があるのですか。

それは、あらゆる点から見て、大いにあります。第一に、彼らは、神のいろいろなおことばをゆだねられています。

 

ルカの福音書は、イエスの誕生前からの記述や母マリヤの系図が記されていることから、イエスの母マリヤからいろいろ話を聞いて、福音書を記したと考えられます。

もしルカが異邦人だったとしたら、ユダヤ人と異邦人との雑婚から誕生したサマリヤ人とさえ付き合いをしなかった民が、異邦人にこんなに詳細にメシアの誕生のことを話すでしょうか?

 

ギリシャ人を父とし、ユダヤ人を母とするテモテですら、パウロの愛弟子として行動を共にする前に、アブラハム契約のしるしである『割礼』を受けてから伝道に出ました。

パウロは『異邦人の使徒』として召されましたが、どこに行っても伝道は『ユダヤ人が先、そして異邦人』という福音の優先順位を守っていました。

そのパウロとルカは行動を共にしていたのです。もし、ルカが100%異邦人であったとしたら、ユダヤ人から受け入れられたでしょうか?

 

 

さて、イエスの誕生については、このルカだけが詳細に触れています。

一般的には、12/25の『クリスマス?』がイエス・キリストの降誕祭として知られていますが、クリスチャンの間では『クリスマス?は、キリストの誕生を祝うものであって、誕生日ではない』というのが常識になっていますよね!?

 

聖書には、イエスの誕生の時期やバプテスマの『時期』について、特別に記していると思われる箇所は見当たりません。

鍵?となるのが、『バプテスマのヨハネの誕生の時期』のようです。

 

ルカ1:5ユダヤの王ヘロデの時に、アビヤの組の者でザカリヤという祭司がいた。彼の妻の名は、アロンの子孫で、名をエリザベツといった。

ユダヤの王ヘロデ…エドム人(異邦人:イサクの子エソウの子孫)ヘロデ大王。イスラエルの第二神殿を大改修工事をした人物。

 

*アビヤの組…アロンの子孫を24の組に分けた、第八番目の組。1歴代誌24:7~19

1歴代誌24:1~2アロンの子らの組分け。アロンの子らは、ナダブ、アビフ、エルアザル、イタマル。

ナダブとアビフはその父に先立って死に、彼らには子どもがなかったので、エルアザルとイタマルが祭司の務めについた。

1歴代誌24:10ー第七はコツに、第八はアビヤに

 

ルカ1:8ーさて、ザカリヤは、自分の組が当番で、神の御前に祭司の務めをしていたが、

 

 ザカリヤが、祭司の務めをしていた期間がいつなのか?

 

神が定められたイスラエルの新年は、『ニサンの月=太陽歴:3〜4月頃の一日』です。

出エジプト記12:2ー「この月をあなたがたの月の始まりとし、これをあなたがたの年の最初の月とせよ。

 

単純に『ニサンの月の一日』から一年を24組で割ると、 第八組に当たるアビヤの組の当番は、『第四の月の後半=タンムズの月=太陽歴:6〜7月頃』となります。

 

⑴ ニサン   3〜4月* バプテスマのヨハネ誕生 『後の雨』

⑵ イッヤル  4〜5月*

⑶ シワン   5〜6月*

⑷ タンムズ  6〜7月* アビヤの組 *羊飼いたちが野宿可能な期間

⑸ アブ    7〜8月*

⑹ エルル   8〜9月*

⑺チスリ 9〜10月*  エリザベツが引きこもった期間 イエス誕生

⑻ へシュワン 10〜11月 『初めの雨』

⑼ キスレウ  11〜12月

(10)テベテ    12〜1月

(11)シェバテ   1〜2月 マリヤがエリザベツと暮らした期間(悪阻の時期)

(12)アダル    2〜3月

 

ルカ1:23~24ーやがて、務めの期間が終わったので、彼は自分の家に帰った。 

その後、妻エリザベツはみごもり、五ヶ月の間引きこもって、こう言った。

 

そして、エリザベツの妊娠6ヶ月目にマリヤが訪問しています。

ルカ1:36ーご覧なさい。あなたの親類のエリザベツも、あの年になって男の子を宿しています。不妊の女と言われていた人なのに、今はもう六ヶ月です。

 

ルカ1:39そのころ、マリヤは立って、山地にあるユダの町に急いだ。

マリヤが訪ねて行ったザカリヤとエリザベツの住まいは、ユダの山地にありました。

 

そして、マリヤは、3ヶ月間エリザベツと暮らしたと記されています。

ルカ1:56ーマリヤは三ヶ月ほどエリザベツと暮らして、家に帰った。

この期間は、マリヤにとっては悪阻の期間と重なります。不安が伴う時期に先輩妊婦のエリザベツと共に過ごせたということは、神の恵みだったと思います。
きっとこころ強かったのではないでしょうか。 

 

マリヤが自宅に戻った後、エリザベツはバプテスマのヨハネを出産しています。 

ルカ1:57ーさて月が満ちて、エリザベツは男の子を産んだ。 

つまり、上記の月割りで見ると、バプテスマのヨハネの誕生は『過越の祭り』がある『ニサンの月』であることがわかります。 

 

バプテスマのヨハネが『先駆者』として、過越の祭りで屠られる『神の小羊』を指し示したというのが納得できる誕生の時期だと思います。

ヨハネ1:29ーその翌日、ヨハネは自分のほうにイエスが来られるのを見て言った。「見よ。世の罪を取り除く神の小羊。

 

マリヤの妊娠は、エリザベツより半年後ということになりますから、イエスの誕生はニサンの月の半年後は『チスリの月』、仮庵の祭りの頃ということになります。

これもまた、神の御子が『人間の肉体』という仮の住まいとなって来られたと考えると、おぉ〜!と感動してしまいますね。

 

ルカ2:8ーさて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。

ユダヤ教の『ミシュナー』によれば、羊飼いたちが野宿できる期間は『後の雨〜初めの雨』までの間と決められていたようです。ベツレヘムの12月は寒くて野宿はできません。そのベツレヘムで飼育されていた羊が、神殿で売られ、ささげられていた羊だったということ、そのベツレヘムで『神の小羊』となられるイエスが誕生されたということにも、神の摂理を感じずにはいられないのです。

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ヨエル2:23bー初めの雨を賜り、大雨を降らせ、

前のように、初めの雨と後の雨とを降らせてくださるからだ。

*大雨…12〜2月

*初めの雨…10〜11月

*後の雨…3〜4月 

 

羊飼いたちが野宿可能な期間は、5〜10月頃ということになりますね。 

 

第七のチスリの月に誕生されたイエスが、ヨハネからバプテスマをお受けになり、公生涯をスタートされたのは、およそ30歳だったとルカは記しています。ルカ3:21~23

ルカ3:23aー教えを始められたとき、イエスはおよそ三十歳で、人々からヨセフの子と思われていた。

このことから、公生涯のスタートとなるイエスのバプテスマも『仮庵の祭り』の頃と考えられるわけです。

 

ヨハネ福音書には、公生涯の最初の一週間のできごとが記されています。 

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十二使徒のうち、ヨハネ、アンデレ、ペテロ、ピリポ、ナタナエル(バルトロマイ)の5人が、この間に弟子となりました。彼らが『カナの婚礼のしるし』の目撃者たちとなったのです。その後、イエスは悪魔の誘惑を受けられたりーマタイ4:1~11、ガリラヤに戻られーマタイ4:12、ナザレを去ってカペナウムに住まわれましたーマタイ4:13, ヨハネ2:12。

 

仮庵の祭りの頃〜過越の祭りの頃までの半年間は、フルタイムの弟子ではなく、カペナウムで漁師をしながら教えを受けていたと考えると、網を打っている時に主の一声で従って行ったことも納得できますね。(^_-)

 

マタイ4:18~20ー イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。漁師だったからである。

イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。

彼らはすぐに網を捨てて従った。

 

「ついて来なさい。」と言われた主イエスは、弟子たちをどこに連れて行ったのでしょう?

仮庵の祭りの頃のイエスのバプテスマから半年後、イエスはエルサレムに上られています。なぜなら、律法によりユダヤ人の成人男子は、年に三回エルサレムに上り、主の御前に出ることが決められていたからです。その時期(祭り)は、過越(種無しパン)、七週(後のペンテコステ/五旬節)、仮庵の祭りでした。

 

出エジプト記23:17ー年に三度、男子はみな、あなたの主、の前に出なければならない。

 

申命記16:16ーあなたのうちの男子はみな、年に三度、種をいれないパンの祭り、七週の祭り、仮庵の祭りのときに、あなたの神、の選ぶ場所で、御前出なければならない。の前には、何も持たずに出てはならない。

 

 

 【公生涯一度目の過越の祭り】

ヨハネ2:13ユダヤ人の過越の祭りが近づき、イエスはエルサレムに上られた。 

この時、最初の『宮きよめ』をされています。ヨハネ2:14~17

 

そして、この時、ガリラヤ地方からも大勢の人々がエルサレムに上って来ており、イエスの行われたしるしを見ていたと思われます。

ヨハネ2:23ーイエスが、過越の祭りの祝いの間、エルサレムにおられたとき、多くの人々が、イエスの行われたしるしを見て、御名を信じた。

 

そのため、ガリラヤ地方の人々は、イエスがガリラヤに行かれたとき、彼らは歓迎したのでしょう。それがわかるのが、ヨハネ4:45です。

ヨハネ4:45ーそういうわけで、イエスがガリラヤに行かれたとき、ガリラヤ人はイエスを歓迎した。彼らも祭りに行っていたので、イエスが祭りの間にエルサレムでなさったすべてのことを見ていたからである。 

*祭り…公生涯一度目の『過越の祭り』 

 

 

【公生涯二度目の過越の祭り】

ヨハネ5:1ーその後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスがエルサレムに上られた。

*祭り…定冠詞の付いた異本があり、その場合は『過越の祭り』となります。

 

この時は、ヨハネ福音書の中での三つ目のしるしーベテスダの池での病人の癒しをされています。『宮きよめ』はしていません。

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 【公生涯三度目の過越の祭り】

ヨハネ6:4ーさて、ユダヤ人の祭りである過越が間近になっていた。

 

しかし、この時はエルサレムには上られずに、ガリラヤ湖の近くの山に登られ、『五千人の給食』の奇跡をなさいました。 

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 三年目は過越の祭りではなく、秋の仮庵の祭りでエルサレムに上られています

 

ヨハネ7:2ーさて、仮庵の祭りというユダヤ人の祝いが近づいていた。

ヨハネ7:10ーしかし、兄弟たちが祭りに上ったとき、イエスご自身も公にではなく、いわば内密に上って行かれた。

 

【公生涯四度目の過越の祭り】

ヨハネ13:1ーさて、過越の祭りの前に、この世を去って父のみもとに行くべき自分のときが来たことを知られたので、世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された。

 

この過越の祭りの時に、『神の小羊』として十字架にかかられました。

それは、自らの意志による贖いでした。

ヨハネ10:18ーだれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。

 

 

バプテスマのヨハネからバプテスマを受けて半年後、最初の過越の祭りから四度目の過越で十字架にかかられるまで、丸3年半の公生涯となります。

今回、改めてキリストの誕生から公生涯の過越の祭りを確認して思うのは、神様のご計画の緻密さです。イスラエルの祭りとキリストとの関係は、いろんな意味で関係があるのだということ、旧約聖書の内容を土台に新約聖書を理解すること、みことばをみことばで確認する重要性を実感しました。

 

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