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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

サマリヤの女 〜ヨハネ4:1~30, 39~42〜

ヨハネの福音書

栄華を極めた王ソロモンも晩年になると、異邦人の妻たちの神々を受け入れ、偶像崇拝という罪を犯しました。

 

1列王記11:1, 3, 5ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。

彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。

ソロモンはシドン人の神アシュタロテと、アモン人のあの忌むべきミルコムに従った。

 

その結果、統一王国であったイスラエルは、ソロモンの子レハブァムの代で、南北に分裂しました。

1列王記11:11~12それゆえ、はソロモンに仰せられた。「あなたがこのようにふるまい、わたしが命じたわたしの契約とおきてとを守らなかったので、わたしは王国をあなたから必ず引き裂いて、あなたの家来に与える。

しかし、あなたの父ダビデに免じて、あなたの存命中は、そうしないが、あなたの子の手からそれを引き裂こう。

 

BC721年ー北イスラエル王国はアッシリヤに、BC586年ー南ユダ王国はバビロンによって滅ぼされました。

イスラエル王国の多くの人々を捕囚として連れ去ったアッシリヤは、バビロンや近隣のアラブ諸国から人々を移住させ、残留イスラエル人との雑婚させ『ユダヤ人としての民族性』をなし崩しにする政策をとりました。

 

この雑婚政策により誕生したのが『サマリヤ人』です。彼らは、モーセ五書(トーラー)に対抗するように『サマリヤ五書』を持ち、エルサレムの神殿の代わりに『ゲリジム山』を定め、高き所を築いていけにえを捧げていました。Ⅱ列王記17:28~41

そのため、サマリヤ人は南のエルサレムに向かうことは許さず、エルサレムから田舎に北上することだけを許していました。

 

このような歴史的背景で、バビロン捕囚から民族性を保持したまま帰還した南ユダ王国の人々は、サマリア人を蔑み、彼らとの交際を避けていました。

ユダヤ地方と北のガリラヤ地方を結ぶ街道がありましたが、ユダヤ人はサマリヤを避けるために、ヨルダン川の東側をわざわざ迂回して行き来していたのです。

 

 

ヨハネ4:1イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳に入った。それを主が知られたとき、

 

ヨハネバプテスマのヨハネのこと

 

 

ヨハネ4:2――イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが―

 

*弟子たち…イエスの弟子たちが、新しく弟子となった者たちに、バプテスマを授けていた。

 

後に復活の主によって、十一使徒たちに命じられた『バプテスマを授け』るという訓練となっていたのかもしれませんね。

マタイ28:19それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、

 

 

ヨハネ4:3主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。

 

ユダヤを去って、ガリラヤへ行かれた…『パリサイ人たちが “バプテスマのヨハネよりイエスの弟子たちが増え、バプテスマを受けている” ということ』をイエスが知られたためと1節にありますが、マタイの福音書からバプテスマのヨハネが捕えられた』ためだということがわかります。

 

マタイ4:12ヨハネが捕らえられたと聞いてイエスは、ガリラヤへ立ちのかれた。

 

 

ヨハネ4:4しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。

 

サマリヤを通って行かなければならなかった…霊的必然性。

イエスはヨルダン川東側を迂回するルートではなく、サマリヤ地方を通る街道を行かれました。

 

 

ヨハネ4:5それで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。

 

*スカルヨシュア記24:32イスラエル人がエジプトから携え上ったヨセフの骨は、シェケムの地に、すなわちヤコブが百ケシタでシェケムの父ハモルの子らから買い取った野の一画に、葬った。そのとき、そこはヨセフ族の相続地となっていた。

 

 

ヨハネ4:6そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。時は第六時ごろであった。

 

*旅の疲れでイエスの人間性

神は疲れることはありませんが、御子イエスは肉体を有しておられたため、疲れを覚えられたのです。

詩篇121:4見よ。イスラエルを守る方は、

まどろむこともなく、眠ることもない。

 
旅の疲れを癒すには『水』が一番ですよね。
井戸を見つけ、そこで休憩を取るというのはごく自然なことですが…
 
*時は六時ごろ…直訳:第六時/昼の12時ごろ

 

 

ヨハネ4:7ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。イエスは「わたしに水を飲ませてください」と言われた。

 

*水をくみに来た通常、水汲みはまだ涼しい早朝か、夕方に行ないました。人々が集まり、情報交換などもされていました。陽射しが強く、熱い昼間の時間帯は家で休んでいました。

なのに、なぜこの女性はこんな時間に水汲みに来たのでしょう?
 
わたしに水を飲ませてください…上記の理由により、当時、ユダヤ人がサマリア人に声をかけるということはありませんでした。
ユダヤ人同士であっても、男性から女性に声をかけることはありませんでした。ましてや、ラビ(教師)の方から声をかけることなどなかったのです。
 
ユダヤ人はサマリヤ人に何かを頼んだら、代価を払っていました。
イエスはここでサマリヤ人に対し、自ら負い目を負う立場となられたのです。

 

 

ヨハネ4:8弟子たちは食物を買いに、町へ出かけていた。

 

弟子たちが買い物に出ていたということは、ヤコブの井戸の所にはイエスとサマリア人の女性だけだったことがわかります。

主イエスとの1:1の場面です。

 

 

ヨハネ4:9そこで、そのサマリヤの女は言った。「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。」―ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである―

 

*「あなたは〜ですか」…このサマリヤの女性の言葉は、とてもつっけんどんなキツイ言い方です。

サマリア人を蔑み、付き合いをしないユダヤ人が、しかもユダヤ人男性が女性であるじぶんに声をかけてきたことに対する警戒心と、人目を避けた時間帯を選んで来たのに、イエスに出会ってしまった不快感が込められた言い方をしています。

 

*つきあい…『同じ物を共有しない』の意。

11節から、イエスは水を『くむ物』を持っていないので、イエスに水を飲ませるためにはサマリヤの女性の持ち物を共有しなければなりませんでした。

 

 

ヨハネ4:10イエスは答えて言われた。「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」

 

このイエスの返答に、どのような思い、このを感じるでしょうか?

 

*生ける水…ヘブル語:マイムハイーム

泉や川のように『動いている水』のこと、ここでは『聖霊』の意。

 

 

ヨハネ4:11彼女は言った。「先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をどこから手にお入れになるのですか。

 

*先生ギリシャ語:キュリオス/英語:sir

 

*井戸は深い…ヤコブの井戸の深さ、約30m。パレスチナで最も深い井戸。

 

 

ヨハネ4:12あなたは、私たちの父ヤコブよりも偉いのでしょうか。ヤコブは私たちにこの井戸を与え、彼自身も、彼の子たちも家畜も、この井戸から飲んだのです。」

 

*偉いのでしょうか…「まさか、違うでしょう」と否定的答えを意味。

 

 

ヨハネ4:13イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。

 

*この水…ヤコブの井戸から汲んだ水

肉体的渇きを癒す水

 

 

ヨハネ4:14しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」

 

*わたしが与える水/永遠のいのちへの水…イエスが与えようとしておられるのは、霊的真理を教える『いのちの水=聖霊』です。

 

 

ヨハネ4:15女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」

 

*先生…『主よ』の意

 

*もうここまでくみに来なくてもよいように…彼女はどのような『水』のことを考えているのでしょう?

なぜ、『そのような水』が欲しかったのでしょう?

 

 

ヨハネ4:16イエスは彼女に言われた。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」

 

「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」…彼女に『罪の自覚』を促すための命令ですが、彼女にとの『罪』とは何なのでしょうか?

 

*夫…『夫』という存在に、彼女は何を求めていたのでしょう?

本当の『幸せ』とは、何だと思いますか?

 

 

ヨハネ4:17女は答えて言った。「私には夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。

 

*もっともです…このヤコブの井戸で出会ったばかりのサマリヤの女性のことを、このように言い切ることができたイエスとは、どのようなお方なのでしょうか?

 

 

ヨハネ4:18あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。」

 

*夫が五人あった…過去形ーつまり、過去に5回結婚し、5回死別または離婚したということ。

何故、こんなに多くの結婚/離婚を繰り返したのでしょう?

 

今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではない…同棲中、内縁関係の意。

何故、彼女は六人目の男性とは結婚せずにいたのでしょうか?

 

最近では、正式に入籍することなく『お試し婚』と称して、同棲するカップルが増えているようですが、『同棲』と『結婚』の責任感の違いについてどのように考えますか?

 

人間を造られた神は、このように命じられています。

マルコ10:6~9しかし、創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです。

それゆえ、人はその父と母を離れ、
ふたりは一体となるのです。それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。
こういうわけで、人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。
 

 

ヨハネ4:19女は言った。「先生。あなたは預言者だと思います。

 

*先生…『主よ』の意

 

*預言者…サマリヤの神学では、モーセの次の『預言者』は『メシア』でした。

 

 

ヨハネ4:20私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」

 

*この山…ゲリジム山

神を礼拝する場所は、サマリヤ人のゲリジム山なのか、ユダヤ人のエルサレムなのか、神学論争となっていました。

 

1列王記12:25ヤロブアムはエフライムの山地にシェケムを再建し、そこに住んだ。さらに、彼はそこから出て、ペヌエルを再建した。

 

1列王記12:28~29ーそこで、王は相談して、金の子牛を二つ造り、彼らに言った。「もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる。」

それから、彼は一つをベテルに据え、一つをダンに安置した。
 
 

ヨハネ4:21イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。

 

*わたし…原文では、その前に「ギュナイ」という尊敬の念を込めた呼びかけがあります。

なぜ、こういう所を省いて翻訳されるのか疑問に思いますね(-。-;

 

*そういう時…新しい時代、の意。

 

*この山でもなく、エルサレムでもない…キリストを信じる者は、いつでも、どこでも、神を礼拝することができます。

1コリント6:19あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。

 

 

ヨハネ4:22救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。

 

*救いはユダヤ人から出るイザヤ2:3ー多くの民が来て言う。

「さあ、の山、ヤコブの神の家に上ろう。
主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。
私たちはその小道を歩もう。」
それは、シオンからみおしえが出、
エルサレムからのことばが出るからだ。

 

 

ヨハネ4:23しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

 

*時ギリシャ語『ホーラ』:十字架と復活後の時。教会時代。

 

 

ヨハネ4:24神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」

 

*霊…御霊

神は『霊的存在』です。

 

*まこと…真理であるイエス・キリスト

ヨハネ14:6イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。

 

 

ヨハネ4:25女はイエスに言った。「私は、キリストと呼ばれるメシヤの来られることを知っています。その方が来られるときには、いっさいのことを私たちに知らせてくださるでしょう。」

 

*メシア『油そそがれた者』の意。『救い主』

彼女の抱えている問題から救ってくれるのは、誰だと認識しているでしょうか?

osusowake.hatenablog.com

 

ヨハネ4:26イエスは言われた。「あなたと話しているこのわたしがそれです。」

 

*わたしがそれです…イエスは、ご自身が彼女を救う『キリスト/メシア』だと言われています。

 

 

ヨハネ4:27このとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話しておられるのを不思議に思った。しかし、だれも、「何を求めておられるのですか」とも、「なぜ彼女と話しておられるのですか」とも言わなかった。

 

このタイミングで、弟子たちが買い物から帰って来ましたが、何も質問することはありませんでした。

彼女は自分の罪の問題を、弟子たちに聞かれることなく、キリストと1:1の関係の中で告白できました。ここに、神様の摂理を感じますね。

 

 

ヨハネ4:28女は、自分の水がめを置いて町へ行き、人々に言った。

 

*水がめを置いて…彼女は、肉体の命をつなぐ『井戸水』を汲みに来たのに、その大事な水がめを井戸の所に置いて、人々が大勢いる町中へ行きました。

 

 

ヨハネ4:29「来て、見てください。私のしたこと全部を私に言った人がいるのです。この方がキリストなのでしょうか。」

 

*来て、見てください…この時まで自分の罪の故に後ろめたさを感じ、「来ないで、見ないでください」と人目を避けて暮らしてきた女性が、自ら町中へ行き、人々に声をかけています。

この変化をもたらしたのは何でしょう?

彼女は、何を確認したかったのでしょうか?

 

 

ヨハネ4:30そこで、彼らは町を出て、イエスのほうへやって来た。

*町を出て…町の人々を動かしたのは何でしょう?

 

〜略〜

 

ヨハネ4:39ーさて、その町のサマリヤ人のうち多くの者が、「あの方は、私がしたこと全部を私に言った」と証言したその女のことばによってイエスを信じた。

 

*彼ら…町の人々は、彼女の変化に驚いたことでしょう。

 

*その女のことばによって…多くの町の人々は、この女性が『キリストに出会って変わった』からこそ、彼女のことばを信じるに足るものと思ったのです。

町中に出て行った彼女のことばと行動は、『生きた信仰の証し』だったからです。

 

 

ヨハネ4:40そこで、サマリヤ人たちはイエスのところに来たとき、自分たちのところに滞在してくださるように願った。そこでイエスは二日間そこに滞在された。

 

*二日間そこに滞在された…一人のサマリヤ人の女性のたましいの救いが、彼女の人生に変化をもたらし、彼女の生きた信仰の証しによって、ユダヤ人とは付き合いをしないはずのサマリヤ人の町の人々が、イエスに町に滞在してくれるようにと願ったのです。

 

福音を聞き、信じた一人の変化が多くの実を結ぶことがわかります。

そして、正しい心で主を求める者たちの願いを、イエスはきいてくださるのです。

 

 

ヨハネ4:41そして、さらに多くの人々が、イエスのことばによって信じた。

ヨハネ4:42そして彼らはその女に言った。「もう私たちは、あなたが話したことによって信じているのではありません。自分で聞いて、この方がほんとうに世の救い主だと知っているのです。
 
*自分で聞いて…町の人々は、この女性から聞いたことを、イエスから直接聞くことで確認し、確信しました。信仰の最初のきっかけは、人からの伝道によってですが、信じた後のステップは直接キリストから(聖書のみことばから)聞くことです。
 
使徒17:11~12ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。
そのため、彼らのうちの多くの者が信仰に入った。その中にはギリシヤの貴婦人や男子も少なくなかった。
 
 
この町には、サマリヤ人の女性のことばで信じた人々もいれば、イエスのことばによってさらに多くの信じた人々がいました。
町中が喜びで満たされたのです。
 
 
ひとりの人への伝道が、ひとりの人の生きた信仰の証しが、多くの人々を救いに導くということを心に留め、私たちがその『ひとり』を大切にし、また生きた証しをする『ひとり』としての信仰の歩みができますようにー祈ー。
 
 
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