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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

メリバの水 〜民数記20:1~13〜

旧約聖書の中で、イスラエルの民の不信仰による回帰不能点に達した出来事は、『カデシュ・バルネアでの出来事』でした。

osusowake.hatenablog.com

 

それと並ぶような出来事として、律法の代表者であるモーセが『約束の地カナン』に入れなくなった原因となった出来事が『メリバの水』と言われるものです。

 

 

民数記20:1イスラエル人の全会衆は、第一の月にツィンの荒野に着いた。そこで民はカデシュにとどまった。ミリヤムはそこで死んで葬られた。

 

*第一の月イスラエルの民が出エジプトをした『ニサンの月』。古名:アビブの月。

出エジプト記12:1~2は、エジプトの国でモーセとアロンに仰せられた。

「この月をあなたがたの月の始まりとし、これをあなたがたの年の最初の月とせよ。

 

出エジプトをした月。

出エジプト記13:4ーアビブの月のこの日にあなたがたは出発する。

 

荒野での放浪の40年の最初の月と思われます。

 

*ツィンの荒野死海の南西にある。

 

*カデシュ…ツィンの荒野の南部に位置。ベエル・シェバの南約80km。

 

*ミリヤムギリシャ語:マリヤ。生後3ヶ月でパピルス性のかごに入れられ、ナイル川岸の葦の茂みの中に置かれたモーセの行く末を気にして見守り、パロの娘に乳母として実母を紹介したモーセの姉。女預言者でもあった。出エジプト記2:1~9

 

 

民数記20:2ーところが会衆のためには水がなかったので、彼らは集まってモーセとアロンとに逆らった。

 

*水がなかった出エジプトをしたイスラエルの民は、「水がない」という不満は何度も漏らしていました。

出エジプト記15:22~24モーセイスラエルを葦の海から旅立たせた。彼らはシュルの荒野へ出て行き、三日間、荒野を歩いた。彼らには水が見つからなかった。

彼らはマラに来たが、マラの水は苦くて飲むことができなかった。それで、そこはマラと呼ばれた。

民はモーセにつぶやいて、「私たちは何を飲んだらよいですか。」と言った。

 

出エジプト記17:1~3イスラエル人の全会衆は、の命令により、シンの荒野から旅立ち、旅を重ねて、レフィディムで宿営した。そこには民の飲む水がなかった。

それで民はモーセと争い、「私たちに飲む水をください。」と言った。モーセは彼らに、「あなたがたはなぜ私と争うのですか。なぜを試みるのですか。」と言った。

民はその所で水に渇いた。それで民はモーセにつぶやいて言った。「いったい、なぜ私たちを連れ上ったのですか。私や、子どもたちや、家畜を、渇きで死なせるためですか。」

 

民数記20:3ー民はモーセと争って言った。「ああ、私たちの兄弟たちがの前で死んだとき、私たちも死んでいたのなら。

 

*私たちの兄弟たちが主の前で死んだときモーセの権威に逆らったコラ、ダタン、アビラム、オンたち(民数記16:1~2)が、裁かれたときのことを指すと思われます。

 

民数記16:31~33モーセがこれらのことばをみな言い終わるや、彼らの下の地面が割れた。

地はその口をあけて、彼らとその家族、またコラに属するすべての者と、すべての持ち物とをのみこんだ。

彼らとすべて彼らに属する者は、生きながら、よみに下り、地は彼らを包んでしまい、彼らは集会の中から滅び去った。

 

 

民数記20:4ーなぜ、あなたがたは主の集会をこの荒野に引き入れて、私たちと、私たちの家畜をここで死なせようとするのか。

 

イスラエルの民は、ここでも同じようにモーセの権威に逆らっています。

 

 

民数記20:5ーなぜ、あなたがたは私たちをエジプトから上らせて、この悪い所に引き入れたのか。ここは穀物も、いちじくも、ぶどうも、ざくろも育つような所ではない。そのうえ、飲み水さえない。」

 

*エジプト…彼らは四百年間もエジプトで『奴隷生活』を余儀なくされ、エジプト人によって苦しめられてきたことを忘れたかのように、現状よりもマシだったと文句を言っています。

 

*穀物も、いちじくも、ぶどうも、ざくろも育つような所ではない…そりゃそうです!だって『荒野』ですもん。

 

 

民数記20:6モーセとアロンは集会の前から去り、会見の天幕の入口に行ってひれ伏した。するとの栄光が彼らに現れた。

 

*集会の前から去り…不信仰な民から離れ

*会見の天幕の入口に行ってひれ伏した…主の御前に静まり、祈りにより主に助けを請う姿勢。

 

*主の栄光が彼らに現れたモーセとアロンの祈りに主が答えられました。

 

 

民数記20:7ー主はモーセに告げて仰せられた。

 

モーセに告げて…アロンも一緒に祈りましたが、主が答えられたのはモーセにでした。

 

 

民数記20:8ー「杖を取れ。あなたとあなたの兄弟アロンは、会衆を集めよ。あなたがたが彼らの目の前で岩に命じれば、岩は水を出す。あなたは、彼らのために岩から水を出し、会衆とその家畜に飲ませよ。」

 

*岩に命じれば出エジプトをした民は、以前この場所で「飲み水がない」と言って呟いたとき、岩を打つことによって水が出るという経験をしていました。だから、今回はその経験を活かして『主のことばを信じて、命じれば』よかったのです。

 

出エジプト記17:5~7モーセに仰せられた。「民の前を通り、イスラエルの長老たちを幾人か連れ、あなたがナイルを打ったあの杖を手に取って出て行け。

さあ、わたしはあそこのホレブの岩の上で、あなたの前に立とう。あなたがその岩を打つと、岩から水が出る。民はそれを飲もう。」そこでモーセイスラエルの長老たちの目の前で、そのとおりにした。

それで、彼はその所をマサ、またはメリバと名づけた。それは、イスラエル人が争ったからであり、また彼らが、「は私たちの中におられるのか、おられないのか。」と言って、を試みたからである。

 

イスラエルの長老たちを幾人か連れ…のちに、『証人』となるため。

*岩…象徴的に用いられた時は『メシア』を指します。

1コリント10:4ーみな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。

 

 

民数記20:9ーそこでモーセは、主が彼に命じられたとおりに、の前から杖を取った。

 

*主の前から杖を取った…この時点では、モーセは従順でした。

 

 

民数記20:10ーそしてモーセとアロンは岩の前に集会を召集して、彼らに言った。「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から私たちがあなたがたのために水を出さなければならないのか。」

 

*この岩から私たちがあなたがたのために水を出さなければならないのか…このモーセの言葉には、がみわざをなされるというより、あたかも自分たち(アロンとモーセ)の力で水を出すかのような高慢さが伺えます。

 

 

民数記20:11モーセは手を上げ、彼の杖で岩を二度打った。すると、たくさんの水がわき出たので、会衆もその家畜も飲んだ。

 

*彼の杖で岩を二度打った…岩(キリスト)は、すでに一度水を出していました。

ヨハネ19:34ーしかし、兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した、すると、ただちに血と水が出て来た。

 

それを『二度打つ』ということは、キリストの十字架の贖いを不十分なものとし、繰り返し動物のいけにえを捧げた律法に基づく行為をあらわす『不信仰』を意味します。

 

 

民数記20:12ーしかし、主はモーセとアロンに言われた。「あなたがたはわたしを信ぜず、わたしをイスラエルの人々の前に聖なる者としなかった。それゆえ、あなたがたは、この集会を、わたしが彼らに与えた地に導き入れることはできない。」

 

神は『(岩は水を出すと信じて)命じるように』言われたのです。

*彼らに与えた地に導き入れることはできない…ここに、律法の代表者モーセの不従順があると同時に、律法による行いでは約束の地には入れないという『型』があります。

 

 

 

民数記20:13ーこれがメリバの水、イスラエル人が主と争ったことによるもので、主がこれによってご自身を、聖なる者として示されたのである。

 

*主と争った…荒野での水に対する不満は、エジプトから導き出してくださった神である主に対する不満でもありました。

 

*聖なる者…生きるための水に飢え渇くご自身の民イスラエルに水を与え、高慢の罪に陥ったモーセとアロンを裁かれることによって、神の慈しみと力と栄光とをあらわされました。

 

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