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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

100% JESUS

多くの競技にロシア選手の出場が認められない中、日本は史上最多の41個のメダル獲得を果たしたリオ・オリンピックが閉会しました。

三大会ぶりの体操男子団体金メダル、男子400 x 4リレーの銀メダル等記憶に残るものでしたが、なんと言っても一番はサッカーで優勝したブラジルのネイマール選手の『100% JESUS』のハチマチでしょう。

 

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後に、ネイマール選手はIOCから注意を受けたということですが、彼は言葉でもって布教活動はしていません。あくまでも、個人の信仰の感謝の現われだったと思います。

 

私は個人的に彼の行為を称えたいと思います。

彼だけではありません。

スタート準備の時、必ず十字をきって天を見上げて短く祈りを捧げるボルト選手や、ゴールすると十字をきって主に感謝する選手、勝利すると円陣を組んで祈る選手たちの姿が、幾度となくTVに映し出されていました。

 

彼らはオリンピックという大舞台で、いえ、大舞台だからこそ、神により頼んで、主とともに臨んだのです。あの場で言葉でもって他の人に福音を伝えてはいませんが、個人の信仰の現われがTVの向こうで観ている人を更に感動させました。

 

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その彼らの信仰を称えたいのです。

ローマ1:16ー私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。

 

多くの選手たちが個人の信仰をあの大舞台で示したのに、なぜネイマール選手の『100% JESUS』のハチマチだけが問題視されたのでしょう?

もし、あのハチマチが『100% Brazil』だったら、彼は賞賛されたかもしれません。 『100% GOD』だったら、注意は受けなかったのではないでしょうか。

 

 

でも、彼はあえて『100% JESUS』にしました。

『GOD』では、世界には多くの神々がいるため、真の神がボヤけてしまいます。

つまり、『100%』が問題ではなく、『JESUS』の御名が問題視されたのです。

 

初代教会時代は、どうだったのでしょう?

罪の赦しは誰の御名によったのでしょうか?

使徒2:38aーそこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。

 

使徒5:31ーそして神は、イスラエル悔い改めと罪の赦しを与えるために、このイエスを君とし、救い主として、ご自分の右に上げられました。

 

 

使徒10:43イエスについては、預言者たちもみな、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが受けられる、とあかししています。」

 

使徒たちが宣べ伝えたのは、ユダヤ教からの決別を意味する『キリストの名によるバプテスマ』でした。

 

osusowake.hatenablog.com

 

 

 

復活のキリストから直接宣教命令を受けた使徒たちは、エホバの証人たちが愛してやまない『エホバ』の名を伝え歩いたのでしょうか?

『エホバ』の名による迫害を受けたのでしょうか?

 

復活のキリストはこう言われました。

使徒1:8ーしかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

*わたしの証人…キリスト・イエスの証人

 

ペテロが宣べ伝えたのは、癒し主であるキリストでした。

使徒3:6ーすると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、

 

ペテロは、メシア預言の成就であるキリストを証明したのです。

マタイ11:4~6ーイエスは答えて、彼らに言われた。「あなたがたは行って、自分たちの聞いたり見たりしていることをヨハネに報告しなさい。

目の見えない者が見、足のなえた者が歩き、ツァラアトに冒された者がきよめられ、耳の聞こえない者が聞き、死人が生き返り、貧しい者たちに福音が宣べ伝えられている。

だれでもわたしにつまずかない者は幸いです。」

*目の見えないものが見イザヤ35:5, 42:7

*足のなえた者が歩き、耳の聞こえない者が聞きイザヤ35:6

 

私たち人間に救いを与える名は『エホバ』でしょうか?

使徒4:10ー皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってください。この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。

 

使徒4:12ーこの方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。

*この方、この御名イエス・キリストの御名

  

信じない者たちは、誰の御名を迫害したのでしょう?

使徒4:17~18ーしかし、これ以上民の間に広がらないために、今後だれにもこの名によって語ってはならないと、彼らをきびしく戒めよう。」

そこで彼らを呼んで、いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない、と命じた。

 

使徒5:28ー言った。「あの名によって教えてはならないときびしく命じておいたのに、何ということだ。エルサレム中にあなたがたの教えを広めてしまい、そのうえ、あの人の血の責任をわれわれに負わせようとしているではないか。」

*あの名イエス・キリストの御名

 

これらのみことばからわかるように、初代教会時代も『イエス・キリストの御名』を広めることが禁止されました。

漠然とした『神の名』や『エホバの名』ではありません。

神を信じない者たちが敵対心を抱くのは、『イエス・キリストの御名』なのです。

 

キリストを信じるということは、自分が『神のようであること』を諦めなくてはならないということを知っているので、その心の王座をキリストに空け渡したくないために『イエス・キリストの御名』に敵対心を抱くのでしょう。

使徒5:40~42ー使徒たちを呼んで、彼らをむちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと言い渡したうえで釈放した。

そこで、使徒たちは、御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜びながら、議会から出て行った。

そして、毎日、宮や家々で教え、イエスがキリストであることを宣べ伝え続けた

 

使徒たちはどんなに迫害されても『キリストの御名』を拒むことはしませんでした。

使徒5:29ーペテロをはじめ使徒たちは答えて言った。「人に従うより、神に従うべきです。

 

オリンピック選手たちが、オリンピック憲章を知らないとは思えません。

しかし、個人個人の信仰として彼らは『人に従うより、神に従うべき』というみことばを実践せずにはいられなかったのではないでしょうか。

彼らにアスリートとしての賜物を与え、オリンピック選手にまで導いてくれたのは、他の誰でもない、神の御子イエス・キリストであるということを知っているのですから…。

 

彼らの姿に、私は次のみことばを思い出しました。

ヘブル12:1~3ーこういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

 

私たちも福音を恥とせず、大胆にキリストの御名を宣べ伝えていきたいですね。

使徒9:27~28ーところが、バルナバは彼を引き受けて、使徒たちのところへ連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に向かって語られたこと、また彼がダマスコでイエスの御名を大胆に宣べた様子などを彼らに説明した。

それからサウロは、エルサレムで弟子たちとともにいて自由に出はいりし、主の御名によって大胆に語った。

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