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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

『型』としての幕屋と『本体』であるキリスト

旧約

エジプトでの400年間の奴隷生活から解放されたイスラエルの民は、一年後には持ち運び可能な『幕屋』を神の指示通りに造りました。この『幕屋』の至聖所に契約の箱の蓋の上に『シャカイナグローリー』として約500年間、神の民の中に宿られました。

 その後、ソロモンが建てた神殿の至聖所に『シャカイナグローリー』は移られ、BC586年にバビロン軍によってエルサレムが陥落し、神殿が崩壊する少し前まで、神の民イスラエルの中に宿られました。

 

そして、今、御子イエスを信じる者の心に『御父、御子、御霊なる三位一体の神』が宿ってくださっています。

 

ヨハネ16:16~17ーわたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。

その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。

 

ヨハネ14:23ーイエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。

 

1コリント6:19~20ーあなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。

あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。

*神の栄光を現わしなさい…神の目的であり、救われた者の目的。

 

私たちは聖書を読む時、旧約は旧約、新約は新約としてそれぞれ『別物』として読んではいないでしょうか?

そのような読み方をしていると、旧約と新約の違いも関係もいつまで経ってもよくわからないままになってしまいます。

 

パウロはガラテヤ書で次のように記しています。

ガラテヤ3:24ーこうして、律法は私たちをキリストへ導くための養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。

 

神の民イスラエルに与えられた『律法』と私たちの主イエス・キリストとの関係はどのようになっているでしょうか?

旧約の『律法』を守り行なうには、幕屋(後の神殿』は必要不可欠ですが、現在のエルサレムにはその『幕屋/神殿』が無いのはなぜなのでしょう?

 

 

ヘブル9:3~4ーまた、第二の垂れ幕のうしろには、至聖所と呼ばれる幕屋が設けられ、
そこには金の香壇と、全面を金でおおわれた契約の箱があり、箱の中には、マナの入った金のつぼ、芽を出したアロンの杖、契約の二つの板がありました。

 

新改訳の訳出だと、『金の香壇は至聖所にある』と誤解をされる可能性がありますね💦

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                  『幕屋』全体が『会見の天幕』

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正しくは、金の香壇は『聖所』にありました

 

【幕屋の外庭】

庭の門…東側の一箇所だけが出入り口です。 救われる方法は、神の御子イエスを通してのみです。

ヨハネ10:9ーわたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。

 

ヨハネ14:6ーイエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。


青銅の祭壇レビ記1:2~5ー「イスラエル人に告げて言え。 もし、あなたがたが主にささげ物をささげるときは、だれでも、家畜の中から牛か羊をそのささげ物としてささげなければならない。

もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、彼が主の前に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。

その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置くそれが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。

その若い牛は、主の前でほふり祭司であるアロンの子らは、その血を持って行って、会見の天幕の入口にある祭壇の回りに、その血を注ぎかけなさい。

 

律法によれば、罪のための贖いは動物の血によって繰り返し行われましたが、新約時代の今は、ただ一度の神の小羊の血によって、すべての罪の贖いが成し遂げられました。

 

ヨハネ1:29ーその翌日、ヨハネは自分のほうにイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊

 

ヘブル10:4雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません

 

ヘブル10:10ーこのみこころに従って、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされているのです。

 

*キリストの完全な献身において完成。

 


青銅の洗盤出エジプト記30:18~21ー「洗いのための青銅の洗盤と青銅の台を作ったなら、それを会見の天幕と祭壇の間に置き、その中に水を入れよ

アロンとその子らは、そこで手と足を洗う。

彼らが会見の天幕に入るときには、水を浴びなければならない。彼らが死なないためである。また、彼らが、主への火によるささげ物を焼いて煙にする務めのために祭壇に近づくときにも、

その手、その足を洗う。彼らが死なないためである。これは、彼とその子孫の代々にわたる永遠のおきてである。」

 

詩篇24:3~4ー だれが、主の山に登りえようか。 だれが、その聖なる所に立ちえようか。

手がきよく、心がきよらかな者、 そのたましいをむなしいことに向けず、 欺き誓わなかった人。

 

エペソ5:25~27ー 夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。

キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、

ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。 ですから、私たちもキリストに倣って自分自身を生きた供え物としてささげるのです。

 

ローマ12:1ーそういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。

 

 

【聖所】
供えのパンの机レビ記24:5~9ーあなたは小麦粉を取り、それで輪型のパン十二個を焼く。一つの輪型のパンは十分の二エパである。

それを主の前の純金の机の上に、一並び六個ずつ、二並びに置く

それぞれの並びに純粋な乳香を添え、主への火によるささげ物として、これをパンの記念の部分とする。

彼は安息日ごとに、絶えずこれを主の前に、整えておかなければならない。これはイスラエル人からのものであって永遠の契約である。

これはアロンとその子らのものとなり、彼らはこれを聖なる所で食べる。これは最も聖なるものであり、主への火によるささげ物のうちから、彼の受け取る永遠の分け前である。」

 

出エジプト記25:30ー机の上には供えのパンを置き、絶えずわたしの前にあるようにする。

 

ヨハネ6:35ーイエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。

 

ヨハネ6:48~51わたしはいのちのパンです

あなたがたの父祖たちは荒野でマナを食べたが、死にました。

しかし、これは天から下って来たパンで、それを食べると死ぬことがないのです。

わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。

 

私たちが口から食べるパンは、肉体を養うものです。

しかし、私たちの目や耳から食する『いのちのパン』であるみことばは、私たちの霊的食物です。人が神の御前に『生きる』には、食物として両方の『パン』が必要なのです。

 

申命記8:3ーそれで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。

 

マタイ4:4ーイエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」

  

金の燭台レビ記24:2~3ー 「あなたはイスラエル人に命じて、ともしびを絶えずともしておくために、燈火用の質の良い純粋なオリーブ油を持って来させよ。

アロンは会見の天幕の中、あかしの箱の垂れ幕の外側で、夕方から朝まで主の前に絶えず、そのともしびを整えておかなければならない。これは、あなたがたが代々守るべき永遠のおきてである。

 

*あかしの箱の垂れ幕の外側…聖所。

 

ヨハネ8:12ーイエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」

 

エペソ5:8~9ーあなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい

 ――光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです――

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聖所には窓はなく、メノラー(燭台)の光をたよりに祭司たちは聖所で日々の務めを行いました。メノラーの火はまさに『暗やみを照らす光』だったのです。

私たちも空中の権威を持つ支配者による『罪の暗やみ』の中から贖い出され、光の子どもとなったのです。

 

金の香壇出エジプト記30:1ーあなたは、香をたくために壇を作る。それは、アカシヤ材で作らなければならない。

 

出エジプト記30:6~10ーそれをあかしの箱をおおう垂れ幕の手前、わたしがあなたとそこで会うあかしの箱の上の『贖いのふた』の手前に置く

アロンはその上でかおりの高い香をたく。朝ごとにともしびを整えるときに、煙を立ち上らせなければならない。

アロンは夕暮れにも、ともしびをともすときに、煙を立ち上らせなければならない。これは、あなたがたの代々にわたる、主の前の常供の香のささげ物である。

あなたがたは、その上で異なった香や全焼のいけにえや穀物のささげ物をささげてはならない。また、その上に、注ぎのぶどう酒を注いではならない。

アロンは年に一度、贖罪のための、罪のためのいけにえの血によって、その角の上で贖いをする。すなわち、あなたがたは代々、年に一度このために、贖いをしなければならない。これは、主に対して最も聖なるものである。」

 

 

*金の香壇は、聖所と至聖所を仕切る垂れ幕の聖所側にありました。

朝に夕に、メノラーの灯火を整える際、香をたいて『常供の香のささげ物』をささげていました。かぐわしい香は信者の祈りです。

 

レビ記16:12~13 主の前の祭壇から、火皿いっぱいの炭火と、両手いっぱいの粉にしたかおりの高い香とを取り、垂れ幕の内側に持って入る。

その香を主の前の火にくべ、香から出る雲があかしの箱の上の『贖いのふた』をおおうようにする。彼が死ぬことのないためである。

 

年に一度、第七の月の十日『贖罪の日』に大祭司が至聖所に入って行く時に、垂れ幕の手前にある金の香壇から香を取り、その煙で至聖所をいっぱいにすることにより、シャカイナグローリーと大祭司とのベール(覆い)の役割をしました。

 

 

詩篇141:2私の祈りが、御前への香として、 私が手を上げることが、夕べのささげ物として 立ち上りますように。

 

ルカ1:8~11ーさて、ザカリヤは、自分の組が当番で、神の御前に祭司の務めをしていたが、

祭司職の習慣によって、くじを引いたところ、主の神殿に入って香をたくことになった。

彼が香をたく間、大ぜいの民はみな、外で祈っていた。

ところが、主の使いが彼に現れて、香壇の右に立った。

 

黙示録8:3~4ーまた、もうひとりの御使いが出て来て、金の香炉を持って祭壇のところに立った。彼にたくさんの香が与えられた。すべての聖徒の祈りとともに、御座の前にある金の祭壇の上にささげるためであった。

香の煙は、聖徒たちの祈りとともに、御使いの手から神の御前に立ち上った。

 

ヘブル7:24~25しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。

したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。

 

【垂れ幕】

出エジプト記26:31~33ー青色、紫色、緋色の撚り糸、撚り糸で織った亜麻布で垂れ幕を作る。これに巧みな細工でケルビムを織り出さなければならない。

これを、四つの銀の台座の上に据えられ、その鉤が金でできている、金をかぶせたアカシヤ材の四本の柱につける。

その垂れ幕を留め金の下に掛け、その垂れ幕の内側に、あかしの箱を運び入れる。その垂れ幕は、あなたがたのために聖所と至聖所との仕切りとなる。

 

大祭司が年に一度至聖所に入るには、幕屋の入り口の垂れ幕と、聖所との仕切りとなる垂れ幕の二つの幕を通って行きました。

同じようにイエスは、第一の天(鳥が飛ぶ高さ)と第二の天(天体があるところ)の二つの天を通って、第三の天に入られたのです。

 

ヘブル4:14ーさて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。 そして、キリストを信じる私たちは『キリストのからだ』という垂れ幕を通して、まことの聖所におられる神の御前に出るのです。

 

【至聖所】
契約の箱出エジプト記25:10~15アカシヤ材の箱を作らなければならない。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半、高さは一キュビト半。

これに純金をかぶせる。それは、その内側と外側とにかぶせなければならない。その回りには金の飾り縁を作る。

箱のために、四つの金の環を鋳造し、それをその四隅の基部に取りつける。一方の側に二つの環を、他の側にほかの二つの環を取りつける。

アカシヤ材で棒を作り、それを金でかぶせる。

その棒は、箱をかつぐために、箱の両側にある環に通す。

棒は箱の環に差し込んだままにしなければならない。抜いてはならない。

 

この『契約の箱』に入れられていた物は、全部で三つあります。

①マナの入った金のつぼ、②芽を出したアロンの杖、③契約の二つの板。

 

ヘブル9:3~4ー また、第二の垂れ幕のうしろには、至聖所と呼ばれる幕屋が設けられ、 そこには金の香壇と、全面を金でおおわれた契約の箱があり、箱の中には、マナの入った金のつぼ、芽を出したアロンの杖、契約の二つの板がありました。

 

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贖罪蓋出エジプト記25:17~22ーまた、純金の『贖いのふた』を作る。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半。

槌で打って作った二つの金のケルビムを『贖いのふた』の両端に作る。

一つのケルブは一方の端に、他のケルブは他方の端に作る。ケルビムを『贖いのふた』の一部としてそれの両端に作らなければならない。

ケルビムは翼を上のほうに伸べ広げ、その翼で『贖いのふた』をおおうようにする。互いに向かい合って、ケルビムの顔が『贖いのふた』に向かうようにしなければならない。

その『贖いのふた』を箱の上に載せる。箱の中には、わたしが与えるさとしを納めなければならない。

わたしはそこであなたと会見し、その『贖いのふた』の上から、すなわちあかしの箱の上の二つのケルビムの間から、イスラエル人について、あなたに命じることをことごとくあなたに語ろう。

 

 この『贖いのふた』に大祭司は雄牛の血ややぎの血を振りかけました。

レビ記16:11~17ーアロンは自分の罪のためのいけにえの雄牛をささげ自分と自分の家族のために贖いをする。彼は自分の罪のためのいけにえの雄牛をほふる。

主の前の祭壇から、火皿いっぱいの炭火と、両手いっぱいの粉にしたかおりの高い香とを取り、垂れ幕の内側に持って入る。

その香を主の前の火にくべ、香から出る雲があかしの箱の上の『贖いのふた』をおおうようにする。彼が死ぬことのないためである。

彼は雄牛の血を取り、指で『贖いのふた』の東側に振りかけ、また指で七たびその血を『贖いのふた』の前に振りかけなければならない。

アロンは民のための罪のためのいけにえのやぎをほふり、その血を垂れ幕の内側に持って入り、あの雄牛の血にしたようにこの血にもして、それを『贖いのふた』の上と『贖いのふた』の前に振りかける。

彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中に彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない。

彼が贖いをするために聖所に入って、再び出て来るまで、だれも会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と、自分の家族、それにイスラエルの全集会のために贖いをする。

 

大祭司は毎年毎年、同じように雄牛の血ややぎの血を携えて至聖所に入り、その務めをはたさなくてはなりませんでした。 しかし、キリストはただ一度だけで永遠の贖いをなさったのです。

 

ヘブル9:11~12ーしかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、

また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられたのです。

 

ヘブル9:24~25ーキリストは、本物の模型にすぎない、手で造った聖所に入られたのではなく、天そのものに入られたのです。そして、今、私たちのために神の御前に現れてくださるのです。

それも、年ごとに自分の血でない血を携えて聖所に入る大祭司とは違って、キリストは、ご自分を幾度もささげることはなさいません。

 

ヘブル2:17ーそういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるため、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。

 

ヨハネ2:1~2ー私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯すことがあれば、私たちには、御父の前で弁護する方がいます。義なるイエス・キリストです。

この方こそ、私たちの罪のための――私たちの罪だけでなく、世全体のための――なだめの供え物です。

 

旧約の律法で一つ一つのの罪の贖いに対するさまざまな規定に基づき、繰り返し繰り返し動物のいけにえがささげられてきたのに対し、神の小羊としてのキリスト・イエスの血は、十字架の上でただ一度だけですべての人々の罪のためのなだめの供えものとなりました。

 

その結果、キリストが十字架で律法の命じるすべてを完了された時、神殿の聖所と至聖所を仕切る垂れ幕が上から二つに裂けたのです。

人の手幅ほどの厚みのある幕ですから、人が裂くことなどできません。上から裂かれたということは、神が裂かれたということです。

 

 

マタイ27:51ーすると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。

 

ヘブル10:19~23ーこういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができるのです。

イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。

また、私たちには、神の家をつかさどる、この偉大な祭司があります。

そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。

約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。

 

このようにイエスによって完全な贖罪が既に行われたにも関わらず、キリストの福音を信じない人々を一掃するのが、これから来る七年間の患難時代であり、その型となっているのが『贖罪の日』です。

 

osusowake.hatenablog.com

もしも、患難時代を通過させられるのではないかと恐れを抱く人がいたら、キリストの福音の三要素ー1コリント15:3~4ーに「アーメン」と言えるか確認してあげてください。

osusowake.hatenablog.com

 

キリストの福音の三要素を信じる者は、その信仰により携挙の恵みに与ることになり、患難時代を通過せずに守られるのですから…。

黙示録3:10ーあなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。

 

『型』である幕屋/神殿は、本体であるキリスト・イエスが現われ、すべての贖いを成し遂げてくださり、教会時代の信者一人一人が神の御霊を(御父も御子をも)うちに宿す『聖なる宮』なので、エルサレムに幕屋も神殿も必要ない時代なのです。

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ヨハネ4:23~24ーしかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。

 

このブログをお読みいただいたすべての方に、主イエス・キリストの平安がありますように。シャローム