サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

サドカイ派・パリサイ派 〜マタイ22:23~33〜

ユダヤ教の宗派には主に三つあり、そのうち二つの『パリサイ派』と『サドカイ派』が福音書使徒の働き、パウロ書簡などによく出てきます。

他には、政治的な『ヘロデ党(マタイ22:16)』『熱心党(マタイ10:4ー熱心党員シモン)』『ガリラヤ派』などがあります。


新約聖書であっても福音書の大部分は、キリストの十字架前のモーセの律法が有効だった旧約時代の出来事です。

 

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これらの宗派が何を信じ、何に反発し、政治的にどのような立場だったのかを理解すると、聖書の深みがわかるようになります。

 

サドカイ派ダビデとソロモンの時代に仕えた祭司ツァドクの『相続人』、の意。

主に、祭司階級(レビ人)とユダヤ議会『サンヘドリン』の議員たち(71人)で構成され、政治的にはローマと結託した『親ローマ派』。

モーセ五書(Torah/創世記・出エジプト記レビ記民数記申命記)の権威しか認めなかったため、パリサイ派の説く『口伝律法』には強く反発していました。

 

 

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マタイ22:23~33には、サドカイ人たちが死者の復活を信じないが故の、イエスに対する質問が記されています。

 

マタイ22:23その日、復活はないと言っているサドカイ人たちが、イエスのところに来て、質問して、

 

*復活はないモーセ五書には死者の「復活」とか「よみがえり」という言葉が出て来ないため、復活も天使も信じていませんでした。

使徒23:8ーサドカイ人は、復活はなく、御使いも霊もないと言い、パリサイ人はどちらもあると言っていたからである。

 

マタイ22:24ー言った。「先生。モーセは『もし、ある人が子のないままで死んだなら、その弟は兄の妻をめとって、兄のための子をもうけねばならない』と言いました。

 

この箇所を理解するためには、次の律法を知っておく必要があります。サドカイ人の質問はTorahであるこの律法が土台にあるからです。

申命記25:5~6ー兄弟がいっしょに住んでいて、そのうちのひとりが死に、彼に子がない場合、死んだ者の妻は、家族以外のよそ者にとついではならない。その夫の兄弟がその女のところに、はいり、これをめとって妻とし、夫の兄弟としての義務を果たさなければならない。

そして彼女が産む初めの男の子に、死んだ兄弟の名を継がせ、その名がイスラエルから消し去られないようにしなければならない。

 

マタイ22:25ーところで、私たちの間に七人兄弟がありました。長男は結婚しましたが、死んで、子がなかったので、その妻を弟に残しました。

マタイ22:26ー次男も三男も、七人とも同じようになりました。

マタイ22:27ーそして、最後に、その女も死にました。

 

25~27節は、彼らが大事にしているTorahの申命記に書かれた律法に忠実に従ったことを強調して言っています。

 

22:28ーすると復活の際には、その女は七人のうちだれの妻なのでしょうか。彼らはみな、その女を妻にしたのです。」

 

*復活の際には…『復活』信仰を否定する自分たちに正当性を証明するための質問。

 

22:29ーしかし、イエスは彼らに答えて言われた。「そんな思い違いをしているのは、聖書も神の力も知らないからです。

 

*思い違い…この世の基準に合わせて、復活のからだでの世界を理解しようとしているサドカイ人への戒めのことば。

 

*聖書も神の力も知らない…自分たちこそ律法の権威を認める正当な指導者であると自負しているサドカイ人にとっては屈辱的ですね。

 

22:30ー復活の時には、人はめとることも、とつぐこともなく、天の御使いたちのようです。

 

*復活の時…それぞれの順番があります。

①初穂であるキリスト…1コリント15:23

②教会時代のキリストにある死者…1テサロニケ4:16

❸キリストの空中再臨の時に生き残っているキリスト者1テサロニケ4:17

※❸は、厳密には『復活』ではなく、朽ちるからだが朽ちないからだに変えられるタイミング…1コリント15:52 

*②と❸は、同時。花婿のお迎えであるキリストの空中再臨の時。

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④患難時代のふたりの証人…黙示録11:11

⑤ 旧約時代の義人たち…ダニエル12:2, イザヤ26:19

⑥患難時代の聖徒たち…黙示録20:4

*⑤と⑥も同時。キリストの地上再臨から千年王国までの75日間の移行期の出来事。

 

すべての時代の不信者…黙示録20:13~14 

*大いなる白い御座の裁きのための復活。永遠に生きるからだに復活された上で、永遠に燃える『火の池』に投げ込まれる。

 

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教会時代のキリスト者たちは患難時代の前に起こるキリストの空中再臨(携挙)の時に、また、旧約時代の義人たちと患難時代の殉教者たちは、患難時代後〜千年王国までの75日間の移行期に復活して来て、キリストの御国である千年王国に住みます。

 

また、七年間の患難時代を朽ちる肉体で生き延びた異邦人は、地上再臨した王なるキリストにより『羊と山羊の裁き』によって、千年王国に入る人々と入れない人々とに振り分けられます。

 

ユダヤ人のレムナントは全員、患難時代の終わりにイエスをメシアだと信じ、民族的回心をします。それが、キリストの地上再臨の条件です。

マタイ23:39ーあなたがたに告げます。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたが言うときまで、あなたがたは今後決してわたしを見ることはありません。」

 

ここにイスラエルと異邦人、朽ちるからだと朽ちないからだ、それぞれの時代『区分』の重要性があります❗️

 

元々、神の民イスラエルは『御父の妻ーエゼキエル書16章』であり、教会時代のメシアニックジューと異邦人信者は『キリストの花嫁』となるので、共に復活のからだでは人をめとったり、人に嫁ぐことはありません。

千年王国においてめとったり、嫁いだりするのは、この羊組の異邦人たちと回心したイスラエルのレムナントだけです。

 

22:31ーそれに、死人の復活については、神があなたがたに語られた事を、あなたがたは読んだことがないのですか。

 

エス様は指導者たちの誤解を指摘します。

『復活』とか『死者のよみがえり』という言葉が書かれていなくても、その真理はみことばを正しく理解すればわかるはずだ…と。

 

22:32ー『わたしは、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあります。神は死んだ者の神ではありません。生きている者の神です。」

 

アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神…神がアブラハムと結んだ契約を、イサクと更新し、ヤコブとも更新したので、『子孫・土地・祝福』の約束はすでに肉体の死を迎えた彼らにも『復活のからだ』を与えることによって、千年王国で成就する責任が神にはあるということを示すもの。

 

*死んだ者の神ではありません…彼らは信仰により神に義とされ、覚えられており、そのたましい(霊)は今も生きており、やがて時が来たら『復活する』という約束を含んでいます。

 

聖書にはもう一つ、似た表現が出てきます。

*『アブラハム、イサク、ヤコブの神』アブラハムーイサクーヤコブの三人を先祖に持つ『イスラエル民族』を指す表現。出エジプト記3:16, 使徒3:13, 7:32

 

22:33ー群衆はこれを聞いて、イエスの教えに驚いた。

 

群衆は、みことばの真理を解き明かしたイエスの教えに驚きました。

 

 

パリサイ派旧約聖書外典の『マカバイ記』に詳細が記されている旧約聖書新約聖書の間の約四百年間の中間時代の出来事に起源を持つユダヤ教の一派。

サドカイ派の大祭司自身が霊的に堕落していた時に、信仰を守り通した者たちを『ハシディーム(分かたれた者たち)』と呼んだのが『パリサイ派・パリサイ人』の語源。

政治的には、『反ローマ派』。 

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モーセ五書(Torah)だけでなく、預言書も権威あるものとし、特に、バビロン捕囚以降、モーセの律法を厳守するために、口伝律法を設け、その教えをも権威あるものとしました。

 

堕落した祭司たちではなく、自分たちこそ神とイスラエルの契約を守る正統派の信仰者だと自負しており、普段はサドカイ派とは犬猿の仲でした。

しかし、イエスが公生涯に入ってからは『共通の敵』として、サドカイ派と協力し合うようになりました。 

 ちなみに、現在の正統派ユダヤ教とされているのはパリサイ派です。現在のラビたちはモーセの律法(Torah)ではなく、律法の諸解釈を収めたタルムード(口伝律法)の学びが中心です。

 

使徒の働き4章で、最初に使徒たちを迫害したのはサドカイ派でした。

それが7〜8章になると、パリサイ派にも飛び火して、イエスをメシアだと信じるステパノを石打ちの刑に処しました。

こうして迫害が広まる一方で、散らされた人々によってイスラエル国内外に福音が広がって行ったのです。

 

使徒8:1~4サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のために非常に悲しんだ。

サウロは教会を荒らし、家々に入って、男も女も引きずり出し、次々に牢に入れた。

他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。

 

使徒11:19~21さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。

ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。

そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。

 

 

エッセネ派…ごく少数派で、修道院のような共同生活をしながら、主に写本を手がけていた人々。肉体的なきよめにこだわりが強く、洗礼曹もきよめるために入っていく階段ときよめた後に上がって来る階段が分かれていたり、手のきよめに使うジャグも取っ手が二つあり、汚れた手で握る側ときよめた手で握る側とに区別していました。死海写本が見つかったクムランの洞窟近くで、彼らの住居跡が発掘されています。

 

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