サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

ダニエル書 9章

ダニエル9:1ーメディヤ族のアハシュエロス…エステル記1:1ーアハシュエロスの時代のことーこのアハシュエロスは、ホドからクシュまで百ニ十七州を治めていた。ー

 

ダリヨスの治世の第一年…BC539年。

バビロン帝国は、メド・ペルシャ連合帝国によって滅ぼされました。cf ダニエル5〜6章。

メディヤ族アハシュエロスのダリヨスは、カルデヤ人の国(バビロン)の王となりました。

それはペルシャのクロス王の任命を受けてのことでした。

 

cf エズラ記1:1~2ペルシャの王クロスの第一年に、エレミヤにより告げられた主のことばを実現するために、主はペルシャペルシャの王クロスの霊を奮い立たせたので、王は王国中におふれを出し、文書にして言った。

 

ペルシャの王クロスは言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。この方はユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てることを私にゆだねられた。

 

ダニエル9:2ーダニエルは同時代の預言者エレミヤの文書の中に、驚くべき預言がなされていることを知りました。

【主】…YHWH(聖四文字、テトラグラマトン)。『契約の神』の御名。

文書…原語では複数形。ダニエルはたくさんの文書を読んだと思われます。

 

cf エレミヤ25:11~12ーこの国は全部、廃墟となって荒れ果て、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。

七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民、ー主の御告げ。ーまたカルデヤ人の地を、彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする。

 

cf エレミヤ29:10ーまことに、主は こう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。

 

たくさんの書物を読んだとすると、イザヤ書も読んだ可能性があります。

cf イザヤ44:28ーわたしはクロスに向かっては、『わたしの牧者、

わたしの望む事をみな成し遂げる。』と言う。

エルサレムに向かっては、

『再建される。

神殿は、その基が据えられる。』と言う。」

 

cf イザヤ45:1ー主は、油そそがれた者クロスに、

こう仰せられた。

「わたしは彼の右手を握り、

彼の前に諸国を下らせ、

王たちの腰の帯を解き、彼の前にとびらを開いて、

その門を閉じさせないようにする。

 

バビロン捕囚の原因は二つ。

偶像崇拝の罪エレミヤ44:22〜23

土地の安息を守らなかったためⅡ 歴代誌36:21

イスラエルの初代王サウルが即位したのが、BC1095年。第一回バビロン捕囚がBC605年。この490年間、彼らは一度も土地の安息を守らなかったのです。すなわち70回分の土地の安息を守らなかったため、70年間捕囚の民となったのです。

 

BC605年、第一回バビロン捕囚でダニエルたちは、引いて来られました。その時から数えるとこの時点で既に67年目にあたります。エレミヤは『捕囚の期間は70年』と預言しているわけですから、あと3年足らずで祖国に帰還できる計算になります。これは大きな希望、喜びです。

 

ダニエル9:3ー荒布を着…悲しみを表わす時に来た。

灰をかぶって…悔い改めを表わす。

ダニエルは、罪の悔い改めの祈りを神に向かってささげました。

 

ダニエル9:4ーダニエルは神に「あなたを愛し、あなたの命令を守る者には、契約を守り、恵みを下さる方。」だと神を褒めたたえています。

 

神はアブラハムに「カナンの地をアブラハムとその子孫に与える」と約束されました。その『アブラハム契約』に基づいた祈りを捧げているわけです。また、神を愛するとは、神の命令を守ることだと聖書は言っています。

cf ヨハネ5:3ー神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。

 

ダニエル9:5ー私たち…ダニエルとユダヤ人全体。

ダニエルは、神の契約の民ユダヤ人全体の罪の告白をしています。

神の命令に従わなかったことが『罪』だと告白しています。その命令とは律法、特に捕囚の原因となったのは、偶像崇拝の罪と土地の安息を守らなかったことにあります。

 

ダニエル9:6ーここで『私たち』というのが、王たち、首長たち、先祖たち、および一般のすべての人々を指しています。

 

ダニエル9:7ー自分たちの不義は、神に逆らった不信の罪のゆえだと告白しています。

 

ダニエル9:8~9ー不面目は自分たちのもので、あわれみと赦しとは神である主のものだと。

 

ダニエル9:10モーセの律法(モーセ契約)が与えられたのは、エジプトを出てすぐのことでした。400年もの間 エジプトで奴隷生活をしていた民に、自由人としての生き方を指南したものでした。自由人となったのは神の恵みと憐れみによるもので、エジプトの偶像の神々から真の神によって導き出されたのです。

 

ですからその真の神であるイスラエルの神を神とし、その命令に従って生きるように、自由人として労働から解放されて『休む日』(安息日)を持つようにというものでした。

しかし彼らはその命令に従わず、七年毎の土地の安息を守らず、偶像崇拝の罪も犯し、悔い改めを迫った預言者たちを迫害しました。

 

ダニエル9:11モーセ契約は、条件付き契約でした。律法を守れば祝福が、違反すればのろいが来るのです。彼らは律法に従わなかった結果、神の裁きと呪いにより約束の地から捕囚の地へと移されたのです。

 

ダニエル9:12ーダニエルは祈りの中で、そのことを全面的に認めています。そしてエルサレムには、今まで経験したことのなかったような災いがくだったのだ、と。

 

ダニエル9:13ーしかも自分たちは、神様の真理を悟れるようお願いもしなかった、と。

 

ダニエル9:14ー自分たちの不従順に対する神のさばきの正当性と認めています。

 

ダニエル9:15ーダニエルは『出エジプト』というイスラエルの歴史的出来事を振り返り、イスラエルの神の名が高く挙げられたことを確認し、そのような神の御前で自分たちは罪を犯したことを告白しています。

 

ダニエル9:16ーしかし、主がエレミヤに告げられた捕囚の期間70年が満ちようとしている今、その御怒りをおさめてくださるように懇願しています。

あなたの町エルサレム、あなたの聖なる山…神殿の回復、その預言の成就を祈り求めることも含まれます。

 

ダニエル9:17ーダニエルはこの祈りと願いを聞き入れて、神の栄光を荒れ果ててしまった聖所(神殿)に再び輝かせてくださるように、と祈っています。

 

ダニエル9:18~19ーあなたの御名が付けられている町…エルサレム。『平和の町』の意。

エルサレムの回復は、イスラエルの民の正しい行ないによるのではなく、神の大いなるあわれみによると告白しています。そしてそれは、神ご自身の名がつけられた町と民とに関する契約がその土台にあるからです。

 

ダニエル9:20ーダニエルは自分の罪とイスラエルの民全体の罪の告白、エルサレムの町の回復を祈り求めていました。それは神の人エレミヤの預言の文書を読み、バビロン捕囚が70年で終わることを知ったからです。また民全体のために祈っているのは、『メシア的王国』が到来する条件が『イスラエルの民全体の悔い改め』であることを知っていたからです。

 

しかし、それは『メシアであるイエスを信じる』信仰による悔い改めのことであって、613ある律法の厳守によるものではありませんでした。そのことを理解していなかったダニエルは、バビロン捕囚から帰還すると、『メシア的王国』が到来すると思っていたのです。

 

ダニエル9:21ーこの誤解を解くために、御使いガブリエルが神から送られて来ました。

夕方のささげ物をささげる頃…午後3時。

 

BC586年にエルサレムの神殿(ソロモン王が建てた第一神殿)が崩壊してから約70年間、イスラエルの民はささげ物をささげるという習慣は途絶えていましたが、ダニエルはそのことを忘れず、その時間に神に祈りをささげていました。

 

ダニエル9:22ー御使いガブリエルは、ダニエルに会いに来た理由を伝えました。「悟りを授けるため」だと。つまり『メシア的王国』到来に関する誤解を正すためです。

 

ダニエル9:23ーダニエルが願いの祈りをささげた時、神が一つのみことばを述べられたのは、ダニエルが『神に愛されている人』だからです。

 

キリストを信じる私たちもまた、神の子として神に愛されています。

cf エペソ5:1ーですから、愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。

 

cf コロサイ3:12ーそれゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。

 

*ダニエル9:24~27は、『ダニエルの七十週の預言』として非常に有名な箇所です。しかしその解釈は複数あり、相違があります。そのことを念頭に置いた上で、私が個人的に『一番聖書全体と調和する』と思う解釈をここに記します。

 

ダニエル9:24ー『ダニエルの七十週』として一般的には知られていますが、『週』と訳されている原語(この箇所はへブル語)は『シャブイム』=数字の『7』です。(ちなみに『週』は『シャブオット』という言葉です。)なので『70の7倍の預言』と訳した方がより正確でしょう。

 

あなたの民…ユダヤ人。

あなたの聖なる都…エルサレム

 

御使いの伝えた『あなたの民とあなたの聖なる都については、七十週が定められている』というのは、『ユダヤ人とエルサレムについては、70の7倍の時が定められている。』ということです。

 

その理由は、①そむきをやめさせ、②罪を終わらせ、③咎を贖い、④永遠の義をもたらし、⑤幻と預言とを確証し、⑥至聖所に油をそそぐ(不義を払拭する)ためです。

*これらはすべて、メシアの初臨に関する預言であり、キリスト・イエスの公生涯において成就しました。

 

ダニエル9:25ー『七週』とか『六十二週』とか出てきますが、ここで注意しなくてはいけないのは、21世紀を生きる私たち異邦人の生活に当てはめて考えないことです。

 

ダニエル書は旧約聖書の預言書の一つですから、『太陽暦のヘブル歴』による計算をしなくてはならないのです。つまり旧約聖書においても預言解釈においても、『1年=360日』で計算すべきです。

 

引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから…これが計算の起点です。

この『命令』を 

BC538年のクロス王の命令とするのか…cf エズラ記1:1~4

②BC457年アルタシャスタ王が、イスラエルの民のエルサレム帰還許可を与えた年とするのか…cf エズラ記7:11~26

により意見の相違がありますが、聖書が預言した『命令』形をとっているのは、①のペルシャのクロス王の命令の方です。

 

イザヤ44:28ーわたしはクロスに向かっては、『わたしの牧者、わたしの望む事をみな成し遂げる。』と言う。

エルサレムに向かっては、『再建される。神殿は、その基が据えられる。』と言う。」

*クロスがこの世に現われる150年も前に預言しています。

 

イザヤ45:1は、油そそがれた者クロスに、こう仰せられた。

「わたしは彼の右手を握り、彼の前に諸国を下らせ、王たちの腰に帯を解き、

彼の前にとびらを開いて、その門を閉じないようにする。

 

エズラ記1:1~4ペルシャの王クロスの第一年に、エレミヤにより告げられた主のことばを実現するために、ペルシャの王クロスの霊を奮い立たせたので、王は王国中におふれを出し、文書にして言った。

ペルシャの王クロスは言う。『天の神、は地のすべての王国を私に賜った。この方はユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てることを私にゆだねられた。

あなたがた、すべて主の民に属する者はだれでも、その神がその者とともにおられるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、の宮を建てるようにせよ。この方はエルサレムにおられる神である。

残る者はみな、その者を援助するようにせよ。どこに寄留しているにしても、その所から、その土地の人々がエルサレムにある神の宮のために進んでささげるささげ物のほか、銀、金、財貨、家畜をもって援助せよ。』」

 

私もかつては、②の『アルタシャスタ王による命令が出されたBC457年』だという説を支持していました。その方が、年代的に計算が合うからです。

 

すると、まず命令が出されてから(7週…7X7=)最初の49年の間に、イスラエルの民は祖国に帰還し、エルサレムの町と神殿を再建します。(城壁は後にネヘミヤが再建した。ーcf ネヘミヤ記2~3章)これによりイスラエルの民は、再び神殿礼拝を回復することになりました。

 

『油そそがれた者、君主』であるメシアが来られるのは、神殿が再建されてからさらに62週(62 x 7=)434年後ということになります。この62週(434年)の間、異邦人の支配下に置かれ『苦しみの時代』が続きました。

 

メシア到来までの7週と62週の間にギャップはなく、計69週は連続しています。

つまり、BC457年にアルタシャスタ王から帰還命令が出されてから、7週+62週(69 x 7=)483年後に『油そそがれた者、君主』であるメシアが来られるということになり、時はAD26年になるわけです。

 

イエスの誕生はBC4年ですから、AD26年は『およそ30歳』公生涯を始められた年になる計算になるわけです。

cf ルカ3:23aー教えを始められたとき、イエスはおよそ三十歳で、人々からヨセフの子と思われていた。

 

また、アルタシャスタ王がネヘミヤに許可を出したBC445年説をとると、69週後はAD32年4月6日(日)のエルサレム入城となり、こちらも計算上は合うのですが、五日後の11日(金)に十字架にかかることになります。しかしこの説では、当時の過越の祭のタイミングと重ならないということがわかりました。

 

しかし、アルタシャスタ王の出したのは、『命令ではなく、許可』ですネヘミヤ2:1~8から、聖書預言に矛盾が生じます。預言されたクロス王の治世は、BC539年ですから単純計算すると、BC56年となりイエスの初臨よりも前となります。しかしクロス王が、イザヤの預言どおり聖都再建命令を出しています。

 

年代のズレが生じる一つの可能性としては、ペルシャのクロス王の治世の年代記に問題があるということが考えられます。ですから、クロス王の『命令』は、BC539年よりも後に出された可能性、もしくは、69週後は『イエス誕生以降のタイミング』となると理解すべきという見解があります。

 

69週と最後の1週の間にはギャップがあります。そのギャップの間に起こることが次の26節の内容です。

 

ダニエル9:26ー油そそがれた者は断たれ…①メシアの身代わりの(十字架の)死。

来たるべき君主の民…②反キリストに属する者たち。つまり、メシアを信じず、神に逆らう者たち。

③町と聖所を破壊する…メシアの死に続いて、再建されたエルサレムの町と神殿が再び破壊される。これは、AD70年にローマ軍により成就しています。

 

洪水が起こり…『軍勢の侵略』の比喩的表現。

cf 黙示録12:15ーところが、蛇はその口から水を川のように女のうしろへ吐き出し、彼女を大水で押し流そうとした。

 

荒廃が定められている…AD70年〜1948年にイスラエル国家が再建されるまで、約束の地は荒廃していました。ここまでが既に歴史上成就している内容です。

 

*メシアを十字架刑に処したのはローマ法の極刑であり、この時エルサレムと神殿を滅ぼしたのはローマ軍なので、『やがて来たるべき君主の民』とは復興したローマ帝国の民であり、反キリストはローマ人の血を引く者であることが分かります。

 

ダニエル9:27ー一週の間…『ダニエルの七十週の預言』の中での『最後の一週』(7年間)です。この七年間は『患難時代』と呼ばれ、前半・後半の三年半づつに分けられます。

 

前半の三年半の間には、エルサレムには『第三神殿』が建てられ、モーセの律法に従い、動物のいけにえがささげられます。その準備が2012年秋に既に整えられました。

http://www.youtube.com/watch?v=31ZEKpRvasE

 

多くの者と堅い契約を結び…反キリストが結ぶ『偽りの平和的契約』です。彼がイスラエルとこの契約を結んだ時が、『患難時代』の幕開けになります。

*『携挙』が『患難時代』の幕開けではありません。

 

荒らす忌むべき者…反キリストの偶像である『獣の像』のこと。

翼…七十人訳:『神殿』。

患難時代前半が終わると、反キリストはユダヤ人に『第三神殿』での動物のいけにえを止めさせ、自分の像『獣の像』を立て、それを拝むように人々に命じます。その命令に従わない者はみな殺すようにとも命じます。

 

cf 黙示録13:14ーまた、あの獣の前で行なうことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。

 

cf 黙示録13:15ーそれから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえも出来るようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。

 

ですから、主イエスご自身がマタイ24:15~24でダニエルのこの預言に触れて『山(現ヨルダンのペトラ:別名ボツラ)に逃げるようにと言われているのです。なぜならそこは、反キリストも興味を持たない程、何もない地だからです。

 

cf マタイ24:15~16ーそれゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)そのときは、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。

 

cf 黙示録12:6ー女は荒野に逃げた。そこには千二百六十日の間彼女を養うために、神によって備えられた場所があった。

 

*患難時代の最後に起こるハルマゲドンの戦いの場所がボツラです。反キリストの軍勢がイスラエル人を皆殺しにしようと押し寄せてくるところに、再臨の主がおひとりで戦われるのです。

cf イザヤ34:6ー主の剣は血で満ち、脂肪で肥えている。子羊ややぎの血と、雄羊の腎臓の脂肪で肥えている。主がボツラでいけにえをほふり、エドムの地で大虐殺をされるからだ。