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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

イエスを連れ戻しに来た家族 〜マルコ3:28~31〜

十二弟子を任命されたイエスは、一度実家に帰りました。マルコ3:16~19。

 

大ぜいの人が集まって来たので、みなは食事をする時間もなかったマルコ3:20、とあります。イエスは休む間もなく働いておられたのです。

ヨハネ5:17ーイエスは彼らに答えられた。「わたしの父は今に至るまで働いておられます。ですからわたしも働いているのです。」

 

そこにはまた、エルサレムから下って来た律法学者たちもいてイエスに対する間違った理解吹聴していました。

 

osusowake.hatenablog.com

 

 

マルコ3:28ー人はその犯すどんな罪も赦していただけます…イエスを神の御子、救い主と信じた時にすべての罪が赦されます。

神をけがすことを言っても、それはみな赦していただけます…未信者だった時に神をけがす言葉をどれほど吐いていたとしても、主の十字架の贖いはすべての罪を赦すのに有効なのです。

 

マルコ3:29聖霊をけがす者はだれでも、永遠に赦されず、とこしえの罪に定められます…未信者をキリストへ導く聖霊の働きを『偶然』『たまたま』などと言って拒むなら、イエスを『救い主』として信じることがないので、とこしえの罪に定められます。

 

ユダヤ人の指導者たちは、イエスのメシアとしてのみわざを『悪霊のかしらであるサタンのわざ』としたのです。そして自分たちが御国(千年王国)に入らないだけでなく、入ろうとする人々をも入れなくしてしまったのです。

 

マルコ3:31ーそのような中で、イエスの母マリヤとその兄弟たち全員がイエスのもとにやって来ました。

 

兄弟たち…マルコ6:3ーこの人は大工ではありませんか。マリヤの子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではありませんか。その妹たちも私たちとここに住んでいるではありませんか。」こうして彼らはイエスにつまづいた。

 

家族総出でやって来るとは…ただ事ではないですよね?!

 

マルコ3:32ー何をしにやって来たのでしょう?cf マルコ3:21。

そこにはどのような家族の思いがあるのでしょう?

 

マルコ3:33ーイエスは『神の国千年王国)の福音』を宣べ伝えていました。

それを反対し、阻止しようとする家族には、どのような『罪』が潜んでいるでしょう?

 

*『イエスの母マリヤは、無原罪』と教えられている人もいるかもしれませんが、マリヤも私たちと同じ『人間』である以上、『無原罪』はありえません。

もし『無原罪』であったなら、イエスの兄弟たちを連れて来て、神の国を宣べ伝えているイエスの邪魔はしなかったはずです。

 

自分が大事だと思い一生懸命取り組んでいることに、家族や友人たちに反対されたらどのような思いになるでしょう?

 

イエスですら身内から反対を受けたのですから、私たちがイエスに従っていこうとする時、反対があるのはある意味当然なのです。今の時代はこのような『反対』にあっても、主イエスに従う信仰が求められ、患難時代になると『命がけの信仰』が求められるのです。

 

マルコ3:34ーイエスは肉親ではなく、イエスの話に耳を傾ける人々を指して「わたしの母、わたしの兄弟たち」と言われました。

それはこの世の血の繋がりだけが『家族』なのではなく、神様を『父』とする『神の家族』という意味です。

 

マルコ3:35ー『神の家族』の条件は、イエスを信じる単なる『信者』ではなく、『神のみこころを行なう人はだれでも』…つまり、みことばに『聞き従う』人を『兄弟、姉妹、母』だと言われています。

 

*イエスを救い主と信じればそれでいいというのは、主の隣で十字架にかかった強盗のひとりのように臨終間際の人のみです。生きている人は、信じた結果としてみことばに聞き従うことが求められているのです。

 

自分の信仰が『死んだ信仰』になっていないか、吟味する必要がありますね。

ヤコブ2:26たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行ないのない信仰は、死んでいるのです。