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サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

マルタとマリヤ 〜ルカ10:38~42〜

ルカ10:38さて、彼らが旅を続けているうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が喜んで家にお迎えした。

 

 

*村…ベタニヤ。

ラザロ、マルタ、マリヤたちの家は、エルサレムから3km(徒歩約45分)ほど離れた所にあり、イエス様と弟子たちは旅の途中でよく彼らの家に立ち寄られました。

ヨハネ11:18ベタニヤはエルサレムに近く、三キロメートルほど離れた所にあった。

 

イエスがベタニヤの村に入られた時、マルタはどのようにお迎えしていますか?

 

 

ルカ10:39彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。

 

久し振りに友だちに会いに行った時、『おもてなしを(する)受ける』のと『座って、じっくり話をする』のとでは、どちらが嬉しいでしょう?

妹のマリヤは、どちらを好んだのでしょう?

 

ルカ10:40ところが、マルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」

 

マルタはどちらに重きを置いたのでしょう?

38節で最初、イエス様にお会いした時のマルタの心境と、家に着いてからのマルタの心境には、どのような変化が見られますか?

 

短時間の間になぜ、そのような『変化』が起きたのでしょう?

 

マルタの不満は、誰に対するものですか?

マルタは妹をどのように感じていたと思いますか?

あなたの周りで、これと似たようなことが起こったことがありますか?

 

そのような思いを『客』であるイエス様に伝えるマルタについてどう思いますか?

彼女はイエス様を『主』と呼んでいますが、どのような方だと捉えているのでしょう?

 

*「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」…自分で妹に直接注意せずに、『主』に向かって自分の思い通りにしてくれるように指図するのは、自己中心という罪ある人間が、自分の願望を聞いてくれるようにと求める態度のあらわれです。自分の必要に応じて、神々が増えて行くことにもなります。それはつまり、神を神としてあがめず、自分が主導権を握っている不信仰な状態です。

 

*一方のマリヤは、『主の足もとにすわって』いました。それは『主よ、お話しください。しもべは聞いております。』ーcf 1サムエル記3:10ーという、主の御前にへりくだった謙遜な態度のあらわれです。

 

ルカ10:41主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。

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主はマルタの気持ち(感情)をどのように受け止めておられますか?

 

ルカ10:42しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」

 

*どうしても必要なことはわずかです。…イエス様は、人間にとって何が『必要』だとマルタに伝えようとされているのでしょう?

 

あなたは『マルタ』タイプですか?それとも『マリヤ』タイプですか?

私たちは『主を信じる者』として、どのような態度でみことばに接するべきだとおもいますか?

 

cf マタイ6:33ーだから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。

そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。