15~28節でイエスは、ダニエル書9:27の預言を引用して、患難時代中期〜後半の3年半の出来事について語っておられます。
サタンは、キリストの地上再臨を阻止するために、ユダヤ人根絶を狙った迫害を展開します。
異邦人の救いは、反キリストの名前を意味する『666』の刻印を押されるまでで終わり、後半はイスラエルのレムナントの救いへとつながります。
マタイ24:15ーそれゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべきもの』が、聖なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)
*荒らす忌むべき者…反キリスト
*翼…神殿
十人の王たちとの戦いに勝利した反キリストは、政治的実験を握り、さらにエルサレムの第三神殿の至聖所に着座し(本物のキリストが、地上再臨後に御国の神殿に着座されると、千年王国が始まることの真似)、自らを神だと宣言します。
ダニエル書9:27ー彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が荒らす者の上にふりかかる。
そして、自分の像を造り、その像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、拝むように人々に命じ、拝まない者をみな殺します。
マタイ24:16ーそのときは、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。
ルカ21:20では『エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たなら』というのが、避難のタイミングでした。そして、それはAD70年にローマ軍によってエルサレムが包囲された時に成就しました。
マタイでの避難のタイミングは、『 “荒らす憎むべきもの” が、聖なる所に立つのを見たならば』であり、これは患難時代中期に成就します。
ユダヤ人たちには、神による『逃れの地』が用意されています。
黙示録12:6ー女は荒野に逃げた。そこには千二百六十日の間彼女を養うために、神によって備えられた場所があった。
*女…ここでは、イスラエル。
*千二百六十日…患難時代後半の3年半。ユダヤ暦の一ヶ月は30日。
この時、主が逃げるように命じている『山』とは、かつてのエドム人(エサウの子孫)の地、現在の南ヨルダンにある『ボツラ(ギリシャ語:ペトラ)であることをイザヤが預言しています。それは、キリストの地上再臨と深く関係している場所です。
イザヤ書63:1~6ー「エドムから来る者、
ボツラから深紅の衣を着て来るこの者は、だれか。
その着物には威光があり、
大いなる力をもって進んで来るこの者は。」 「
正義を語り、
救うに力強い者、それがわたしだ。」
「なぜ、あなたの着物は赤く、
あなたの衣は酒ぶねを踏む者のようなのか。」
「わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。
国々の民のうちに、
わたしと事を共にする者はいなかった。
わたしは怒って彼らを踏み、
憤って彼らを踏みにじった。
それで、彼らの血のしたたりが、
わたしの衣にふりかかり、
わたしの着物を、すっかり汚してしまった。
わたしの心のうちに復讐の日があり、
わたしの贖いの年が来たからだ。
わたしは見回したが、だれも助ける者はなく、
いぶかったが、だれもささえる者はいなかった。
そこで、わたしの腕で救いをもたらし、
わたしの憤りを、わたしのささえとした。
わたしは、怒って国々の民を踏みつけ、
憤って彼らを踏みつぶし、
彼らの血のしたたりを地に流した。」
これは『ハルマゲドンの戦いー神の大いなる日の戦いー』と関係しています。
マタイ24:17ー屋上にいる者は家の中の物を持ち出そうと下に降りてはいけません。
*家の中の物を持ち出そうとしたに降りて行ってはいけません…下に降りるのは『逃げるため』であって、物を持ち出す時間的余裕は無いということ。
マタイ24:18ー畑にいる者は着物を取りに戻ってはいけません。
*着物を取りにもどってはいけません…畑から一度家に戻って身支度をする時間的余裕は無いということ。
マタイ24:19ーだがその日、哀れなのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。
*その日…反キリストの像が神殿に立てられる日
*身重の女と乳飲み子を持つ女…素早く避難することができないため
マタイ24:20ーただ、あなたがたの逃げるのが、冬や安息日にならぬよう祈りなさい。
*冬…イスラエルでは雨季になるため、ワジ(水無し川)に水が流れているため通れなくなる。
*安息日…患難時代前半には第三神殿が建ち、機能しているため、この時点でのユダヤ人たちはまだモーセの律法に従って生きているので、遠くへの移動ができないため。
マタイ24:21ーそのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。
*ひどい苦痛…イスラエルの民族的回心によってキリストの地上再臨が起こり、再臨のキリストによって反キリストは滅ぼされ、サタンの天下は終わるため、患難時代後半はユダヤ人を根絶しようという迫害が起こります。
Ⅱ テサロニケ2:8ーその時になると、不法の人が現われますが、主は御口の息をもって彼を殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます。
マタイ24:22ーもし、その日数が少なくされなかったら、ひとりとして救われる者はないでしょう。しかし、選ばれた者のために、その日数は少なくされます。
*選ばれた者…ここでは、イスラエルのレムナント。
『七年の患難が長引いたら、誰も生き延びられない』という説明がなされますが、この説明では、いつの時代もユダヤ人と異邦人という区別があることを考えても、いまひとつ腑に落ちないと思います。
詩篇147:19~20ーおきて(律法)とさばき(預言書・者)は、イスラエルに託されていることを考えると、患難期前半は再びユダヤ人たちにそのことを思い起こさせる期間なのでは…そのために神は、第三神殿をも用いられるのではないかと。というのは、患難時代は七年間ですが、患難の中で神殿でいけにえとかささげるのは困難だと思うのです。
何のためにイスラエルは反キリストと七年契約を結ぶのか…?『平和条約』を結ぶと言われている理由はそこにあると思います。つまり患難期前半のイスラエルは、この契約により神殿で礼拝可能な状態にあり、 神はこの間に、ご自分の民に『おきてとさばき』を思い起こさせる期間となるのではないか…と。
彼らにとっての大患難は、反キリストの像が神殿に立つ時から始まる後半の3年半…こう考えると、マタイ24:22が納得するのです。
神は、彼らのために七年間の患難時代の中で、ユダヤ人に対する迫害の期間を3年半と短くされるのです。
マタイ24:23ーそのとき、『そら、キリストがここにいる』とか、『そこにいる』とか言う者があっても、信じてはいけません。
キリストの再臨の噂を信じてはいけない、と主は警告しています。
なぜなら、キリストの地上再臨は『携挙』の時とは異なり、誰の目にも明らかな形で起こるからです。
マタイ24:24ーにせキリスト、にせ預言者たちが現れて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。
*大きなしるしや不思議なこと…初臨のキリストは、メシア預言の成就という様々なしるしや不思議を行ないました。だから患難時代後半の3年半になると、にせキリストやにせ預言者たちも同じことをします。
こうして、神の選びの民であるユダヤ人たちに、反キリストこそが彼らが待ち望んでいる『メシア』だと思わせるように惑わします。
黙示録13:11~15ーまた、私は見た。もう一匹の獣が地から上って来た。それには小羊のような二本の角があり、竜のようにものを言った。
この獣は、最初の獣が持っているすべての権威をその獣の前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を拝ませた。
また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行った。
また、あの獣の前で行うことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。 それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。
マタイ24:25ーさあ、わたしは、あなたがたに前もって話しました。
マタイ24:26ーだから、たとい、『そら、荒野にいらっしゃる』と言っても、飛び出して行ってはいけません。『そら、へやにいらっしゃる』と聞いても、信じてはいけません。
イエスは、ユダヤ人たちにはっきりと「再臨のキリストがいる」という噂を信じてはならないと話されました。
マタイ24:27ー人の子の来るのは、いなずまが東から出て、西にひらめくように、ちょうどそのように来るのです。
*いなずまが東から出て、西にひらめくように…キリストの地上再臨には『しるし』 が伴います。ここが『携挙』との一番の違いです。
マタイ24:28ー死体のある所には、はげたかが集まります。
*死体…この文脈では、ユダヤ人のレムナントたちのこと
16節で患難時代の後半の3年半、ユダヤ人たちはヨルダンのボツラに避難していることがわかります。
*はげたか…異邦人の軍勢。
そのボツラに、ハルマゲドンの戦いでユダヤ人根絶を図って異邦人の軍勢が、はげたかのように群がり、集まって来るということ。
ハルマゲドンの戦いの最後で、再臨の主が倒された敵の軍勢の死体処理は、鳥たちに託されます。
黙示録19:17~21ーまた私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、
王の肉、千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、小さい者と大きい者の肉を食べよ。」
また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。
すると、獣は捕らえられた。また、獣の前でしるしを行い、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕らえられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。
残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。