サザエのお裾分け

聖書を字義通り&文脈に沿って学び、理解したことの中からのお裾分け。内容は鵜呑みにせず、必ずご自分で聖書を開いて確認してくださいね。聖書理解の助けになれば幸いです。† 栄光在主 †

異言の用い方 〜1コリント人への手紙14章〜

以前、『異言の賜物』について、『その時』理解していたことや疑問に思っていたことをブログにまとめたことがありました。

 今回は『異言の用い方』について、現在の私の理解をまとめてみたいと思います。

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私たちが信じる聖書の神様は、秩序ある神様です。

しかし、天使の堕落(サタン)によりカオス(無秩序)となりました。そこを再創造により秩序ある世界に整えられ、その地『エデンの園』に最初の人アダムを置いて管理させました。創世記1章

 

人間界もまた、罪によって神様の秩序から離れてしまっています。

それが元どおりに戻るのがキリストの御国においてですが、現在でも聖書のみことばに従うことにより、秩序の回復を図ることができるのではないでしょうか?

 

聖書に記されている異言は二種類ー『外国語としての異言』と『御使いの異言』ーがあります。

 

①外国語としての異言使徒2:1~4ー五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。

すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。

また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。

すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。

 

*七週の祭り/五旬節/ペンテコステ聖霊が下り、信者に御霊が内住する『教会時代』が幕を開けました。

 

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 聖霊が下った使徒の働き2章ではユダヤ人信者のみでした。その後、8章でユダヤ人と異邦人との混血『サマリヤ人信者』に、そして、10章になると『異邦人信者』にも聖霊が下りました。この時、すべての信者に御霊の内住が起こるように御国の扉を開いていったのが、御国の鍵を託された使徒ペテロでした。マタイ16:16~19

 

②御使いの異言1コリント13:1ーたとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。

 

*御使いの異言…とは、何でしょう?

チェーン式新改訳聖書の注解には、『人の異言以上に、特別な人でなければ理解できない異言』とあります。

 

 旧約の族長たちの時代、しばしば御使いが人の姿を取り、神のメッセージを伝えに来ました。その時、御使いたちは『異言』で語ったのでしょうか?

 

創世記18章には、アブラハムが三人の御使いをもてなし、会話していることが記されています。この時の三人の御使いたちの一人は、受肉前のキリストですが、御使いの言葉ではなく、アブラハムもサラも理解できる彼らの言語『ヘブライ語』で話しています。

ロトのところに遣わされた御使いたちも御使いの言語ではなく、ロトが理解できる言語で話をしています。創世記19章

 

新約時代になって、おそらく御使いの異言を聞いたと思われる唯一の人はパウロでしょう。彼は第三の天『パラダイス』にまで引き上げられて、『人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いた』と証言しています。

 

Ⅱコリント12:4ーパラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いたことを知っています。

 

第三の天には聖なる御使いたちがいますが、彼らは地上にいる人間よりも神に近いところにいる、人間よりも聖く優れた存在です。

*御使いの異言で話してもパウロは仮定法で語っているのであって、 『人間には語ることを許されない、口に出すことのできない言葉』だとも記していますから、パウロが『御使いの異言を話した』とは言えないでしょう。

 

聖書が記している『異言』とは、使徒2:1~4で語られたこの地上における『言語』=ギリシャ語:グロッサだということです。

また、聖霊なる神様から与えられる『賜物』の一つであり、それは『みなの益となるため』という目的を持って与えられるものです。

 

1コリント12:4ーさて、御霊の賜物にはいろいろの種類がありますが、御霊は同じ御霊です。

 

1コリント12:7~11ー しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。 

ある人には御霊によって知恵のことばが与えられ、ほかの人には同じ御霊にかなう知識のことばが与えられ、

またある人には同じ御霊による信仰が与えられ、ある人には同一の御霊によって、いやしの賜物が与えられ、

ある人には奇蹟を行う力、ある人には預言、ある人には霊を見分ける力、ある人には異言、ある人には異言を解き明かす力が与えられています。

しかし、同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。

 

パウロはコリントの教会に宛てた手紙の中で、『異言の用い方』についても詳細を記しています。

 

1コリント14:1ー 愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。

*愛を求めなさいパウロは、12章の最後で「みなが異言を語るでしょうか。みなが解き明かしをするでしょうか。』と質問した後、『よりすぐれた賜物を求めること』を勧めており、13章の最後で三つのものを示したあとで、『愛を求め』るように勧めています。

 

1コリント12:30~31ーみながいやしの賜物を持っているでしょうか。みなが異言を語るでしょうか。みなが解き明かしをするでしょうか。

あなたがたは、よりすぐれた賜物を熱心に求めなさい。

また私は、さらにまさる道を示してあげましょう。

 

*みなが〜でしょうか聖霊派の教会によっては、みなが異言を話すように求めているところもあるようですが、パウロはそのことを否定しています。

なぜなら、異言は賜物の一つであり、全員に同じ賜物が与えられているわけではないからです。パウロはむしろ、『預言する』賜物を求めるようにと勧めています。

これは占い的な未来のことを予言したり、『預言カフェ』というようなものではなく、『聖書のみことばを預かって言うこと』です。

誰かに伝道するにしても、戒めるにしても、励ますにしても、自分のことばではなく神のみことばを伝えることが一番力になるからです。

 

1コリント14:2ー 異言を話す者は、人に話すのではなく、神に話すのです。というのは、だれも聞いていないのに、自分の霊で奥義を話すからです。

*異言は人にではなく、神に話す…異言での祈りは、神との直接的対話で用いられものです。

*だれも聞いていないのに…人前で用いるのことを勧めてはいません。

*自分の霊で奥義を話す…異言の賜物をくださった御霊なる神が、とりなしてくださることを示すのかもしれません。その結果として、私たちの霊的成長へと導かれるのでしょう。

ローマ8:26ー御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって。私たちのためにとりなしてくださいます。

 

1コリント14:3ーところが預言する者は、徳を高め、勧めをなし、慰めを与えるために、人に向かって話します。

*人に向かって異言を話すことが個人的に『神に向かって』であるのとは対照的に、預言することは『人に向かって』なされる賜物です。

その目的は、『徳を高め、勧めをなし、慰めを与えるため』です。

 

1コリント14:4ー異言を話す者は自分の徳を高めますが、預言する者は教会の徳を高めます。

*異言する者…自分の徳を高める。 

*預言する者…教会の徳を高める。

 

1コリント14:5ー私はあなたがたがみな異言を話すことを望んでいますが、それよりも、あなたがたが預言することを望みます。もし異言を話す者がその解き明かしをして教会の徳を高めるのでないなら、異言を語る者よりも、預言する者のほうがまさっています。

パウロが望んでいること…コリントの教会の人々全員が、預言すること>異言を話すこと。

*異言を話す者がその解き明かしをして教会の徳を高めること=預言すること 

 

1コリント14:6ーですから、兄弟たち。私があなたがたのところへ行って異言を話すとしても、黙示や知識や預言や教えなどによって話さないなら、あなたがたに何の益となるでしょう。

*兄弟たち…信者に対する呼びかけ

*黙示や知識や預言や教えなどによって話す…みなの益となるために、異言を話す時に必要なこと。

 

1コリント14:7ー笛や琴などいのちのない楽器でも、はっきりした音を出さなければ、何を吹いているのか、何をひいているのか、どうしてわかりましょう。

異言は基本『外国の言葉』なので 、その言語を知らない者には何について語っているのか理解することはできません。

 

1コリント14:8ーまた、ラッパがもし、はっきりしない音を出したら、だれが戦闘の準備をするでしょう。

*ラッパ…雄羊の『角笛』。吹き方によって、民の召集なのか、敵が攻めてきた時の戦闘準備なのかなど区別されていました。

 

1コリント14:9ーそれと同じように、あなたがたも、舌で明瞭なことばを語るのでなければ、言っている事をどうして知ってもらえるでしょう。それは空気に向かって話しているのです。

*明瞭なことば…聞き手に伝わる、きちんと意味を持ったことば

 

1コリント14:10ー世界にはおそらく非常に多くの種類のことばがあるでしょうが、意味のないことばなど一つもありません。

*世界にはおそらく非常に多くの種類のことばがある…このことからもパウロが言う『異言』は、外国の言葉であることがわかります。

 

1コリント14:11ーそれで、もし私がそのことばの意味を知らないなら、私はそれを話す人にとって異国人であり、それを話す人も私にとって異国人です。

*異国人…ことばの意味がわからなければ、どれほど大事なことを話したとしても意味がありません。

 

1コリント14:12ーあなたがたの場合も同様です。あなたがたは御霊の賜物を熱心に求めているのですから、教会の徳を高めるために、それが豊かに与えられるよう、熱心に求めなさい。

*あなたがたの場合も同様…異言で話す場合も、解き明かしがなければ意味をなしません。

*教会の徳を高めるために…だからパウロは解き明かしをするようにと勧めています。

 

1コリント14:13ーこういうわけですから、異言を語る者は、それを解き明かすことができるように祈りなさい。

*異言を語る者は、それを解き明かすことができるように…現在の『通訳者』ようになる必要が求められています。

 

1コリント14:14ーもし私が異言で祈るなら、私の霊は祈るが、私の知性は実を結ばないのです。

*異言で祈る…その人の霊が個人的に神に向かって祈ることであって 、解き明かしがなければ『知性は実を結ばない』ということ。

 

1コリント14:15ーではどうすればよいのでしょう。私は霊において祈り、また知性においても祈りましょう。霊において賛美し、また知性においても賛美しましょう。

*霊において、知性においてパウロはその両方で『祈り』『賛美する』と言っています。

 

1コリント14:16ーそうでないと、あなたが霊において祝福しても、異言を知らない人々の座席に着いている人は、あなたの言っていることがわからないのですから、あなたの感謝について、どうしてアーメンと言えるでしょう。

*そうでないと…異言で話されたことの意味が通じていなければ、「アーメン」と同意することは不可能です。 

 

1コリント14:17ーあなたの感謝は結構ですが、他の人の徳を高めることはできません。

異言で感謝の祈りをすることは構わないが、他の人の徳を高めることにはならないと、パウロは述べています。

 

1コリント14:18ー私は、あなたがたのだれよりも多くの異言を話すことを神に感謝していますが、

*多くの異言を話すキリストによって『異邦人の使徒』として召されたパウロは、異邦人伝道のために、多くの異邦人の言語である『外国語』を話せました。それは異邦人に福音を伝えるために必要なことだったからです。

ガラテヤ1:1ー使徒となったパウローー私が使徒となったのは、人間から出たことではなく、また人間の手を通したことでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのです。ーー

 

1コリント14:19ー教会では、異言で一万語話すよりは、ほかの人を教えるために、私の知性を用いて五つのことばを話したいのです。

*教会では…異邦人伝道のために、パウロが用いた異言(異邦人の言語)はたくさんありますが、教会ではそこに集まった人々にキリストの教えを伝えるために知性を用いて語る方が重要だと言っています。

 

1コリント14:20ー兄弟たち。物の考え方において子どもであってはなりません。悪事においては幼子でありなさい。しかし考え方においてはおとなになりなさい。

cf ローマ16:19ーあなたがたの従順はすべての人に知られているので、私はあなたがたのことを喜んでいます。しかし、私は、あなたがたが善にはさとく、悪にはうとくあってほしい、と望んでいます。

 

1コリント14:21ー律法にこう書いてあります。「『わたしは、異なった舌により、異国の人のくちびるによってこの民に語るが、彼らはなおわたしの言うことを聞き入れない』と主は言われる。」

*律法…狭義では、モーセ五書。ここでは『旧約聖書全体』を指す。

cf イザヤ28:11~12ーまことに主は、もつれた舌で、

外国のことばで、この民に語られる。

主は、彼らに「ここにいこいがある。

疲れた者をいこわせよ。ここに休みがある。」

と仰せられたのに、

彼らは聞こうとはしなかった。

*この民イスラエル

 

1コリント14:22ーそれで、異言は信者のためのしるしではなく、不信者のためのしるしです。けれども、預言は不信者でなく、信者のためのしるしです。

 

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1コリント14:23ーですから、もし教会全体が一か所に集まって、みなが異言を話すとしたら、初心の者とか信者でない者とかが入って来たとき、彼らはあなたがたを、気が狂っていると言わないでしょうか。

聖霊派の教会の礼拝に出席すると時々、礼拝前に早く来た方々が異言で祈っていたり、礼拝中の祈りの時間もあちこちから『異言での祈り』が聞こえてくることもありますが、正直 異様さを感じてしまいます。聖霊派の教会の方々は慣れているのかもしれませんが、来会者の立場からすると、まさにパウロが言うとおりなのです。

ですから、聖霊派の教会の方々はこの点について、パウロのことばを主からの権威によるものとして捉えて、真摯に対応して欲しいと思います。

 

1コリント14:24ーしかし、もしみなが預言をするなら、信者でない者や初心の者が入って来たとき、その人はみなの者によって罪を示されます。みなにさばかれ、

 *もしみなが預言をするなら…預言は、キリストのみことばを語ることですから、未信者や来会者が入って来た場合でも、違和感なく聖書のみことばが耳に入り、たましいの奥にまで染み込み罪が示されるようになります。

 

1コリント14:25ー心の秘密があらわにされます。そうして、神が確かにあなたがたの中におられると言って、ひれ伏して神を拝むでしょう。

cf Ⅱテモテ3:15b~16ー聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。

聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有効です。

 

1コリント14:26ー兄弟たち。では、どうすればよいのでしょう。あなたがたが集まるときには、それぞれの人が賛美したり、教えたり、黙示を話したり、異言を話したり、解き明かしたりします。そのすべてのことを、徳を高めるためにしなさい。

*徳を高めるためにしなさいパウロは、異言で祈ることも、語ることも禁止していません。キリストを信じる者たちが集まるときには、それぞれの賜物を活かして、賛美する者は賛美し、教える者は教え、異言を語るなら解き明かしもし、すべてが教会の徳になるようにしなさいと勧めています。

 

ローマ12:6~8ー私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。

奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。

勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。 

 

1コリント14:27ーもし異言を話すのならば、ふたりか、多くても三人で順番に話すべきで、ひとりは解き明かしをしなさい。

『教会』という公のばでの異言の用い方には、ルールがあることを聖書は伝えていますが、残念ながら昨今の教会ではこのルールが守られていません。

公の場での『異言』は、

①ふたりか、多くても三人までで順番に話すこと。

②必ず、そのうちのひとりは解き明かしをすること。

 

1コリント14:28ーもし解き明かす者がだれもいなければ、教会では黙っていなさい。自分だけで、神に向かって話しなさい。

③解き明かす者がだれもいない場合は、教会という公の場では黙っていること。(声に出さずに、心の中で自分だけで神に向かって話すこと) 

 

1コリント14:29ー預言する者も、ふたりか三人が話し、ほかの者はそれを吟味しなさい。

預言する場合も同様に、ふたりか三人で話し、話していない者はその預言を吟味すること。

使徒17:11bー非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。

 

1コリント14:30ーもしも座席に着いている別の人に黙示が与えられたら、先の人は黙りなさい。

*黙示…『覆いを取り除く』の意

誰かが話している時に、御霊によって別の人に神の真理が明らかにされた場合は、ふたりの人が同時に話すのではなく、先に話していた人が黙り、啓示を与えられた人が話すこと。

 

1コリント14:31ーあなたがたは、みながかわるがわる預言できるのであって、すべての人が学ぶことができ、すべての人が勧めを受けることができるのです。

*みながかわるがわる預言…預言の賜物を持った者たちが、かわるがわる預言すべきであって、ひとりの人だけが話すのではありません。それは『すべての人が学ぶため』だり、『すべての人が勧めを受け取ることができるため』です。

 

1コリント14:32ー預言者たちの霊は預言者たちに服従するものなのです。

 預言の賜物を与えてくださった御霊なる神の秩序に従うことが求められています。

神の秩序を無視して賜物を用いても、教会の徳を高めることにはなりません。

 

1コリント14:33ーそれは、神が混乱の神ではなく、平和の神だからです。  聖徒たちのすべての教会で行われているように、

*別訳:聖徒たちのすべての教会におけると同様に、平和の神だからです。

 

1コリント14:34ー教会では、妻たちは黙っていなさい。彼らは語ることを許されていません。律法も言うように、服従しなさい。

これは『教会』という公の場での秩序です。

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1コリント14:35ーもし何かを学びたければ、家で自分の夫に尋ねなさい。教会で語ることは、妻にとってはふさわしくないことです。

女性が公の場でみことばを語ったり、教えたりすることを聖書は禁じています。

牧師として会衆を導くことは男性に与えられています。 

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1コリント14:36ー神のことばは、あなたがたのところから出たのでしょうか。あるいはまた、あなたがたにだけ伝わったのでしょうか。

*あなたがた…コリントの教会/異邦人教会 

*神のことば…神のことばは、神の選びの民であるユダヤ人に託されました。

詩篇147:19~20ー主はヤコブには、みことばを、

イスラエルには、おきてとさばきを告げられる。

主は、どんな国々にも、

このようには、なさらなかった。

さばきについて彼らは知っていない。

ハレルヤ。

 

ローマ3:1~2ーでは、ユダヤ人のすぐれたところは、いったい何ですか。割礼にどんな益があるのですか。

それは、あらゆる点から見て、大いにあります。第一に、彼らは神のいろいろなおことばをゆだねられています。

 

1コリント14:37ー自分を預言者、あるいは、御霊の人と思う者は、私があなたがたに書くことが主の命令であることを認めなさい。

*御霊の人…御霊の内住のある人。

1コリント2:14~16ー生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。

御霊を受けている人は、すべてのことをわきまえますが、自分はだれによってもわきまえられません。

いったい、「だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。」ところが、私たちには、キリストの心があるのです。

 

私があなたがたに書くことが主の命令であることを認めなさい…時々、教会でローマ13:1から引用して「上に立つ権威に従いなさい」と、牧師の命令に従うように促されますが、私たちはまず、キリストによって召された使徒たちの教えに従うべきですね。

異邦人の使徒となったパウロが書いた手紙は、地域教会の牧師の権威よりも上に立つものです。 

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1コリント14:38ーもしそれを認めないなら、その人は認められません。

もしも、地域教会の牧師や信徒たちがパウロ書簡の教えを認めないのであれば、その人は神に認められてはいないということ。つまり、御霊の内住のない、未信者だということ。

 

1コリント14:39ーそれゆえ、私の兄弟たち。預言することを熱心に求めなさい。異言を話すことも禁じてはいけません。

私たちが熱心に求める者は『異言の賜物』ではなく、『預言の賜物』です。

と同時に、秩序ある神によって与えられた『異言の賜物』を持っている人に対し、異言で話すことを禁じてはいけません。しかし、異言の賜物を用いる者は、パウロが記している『主の命令』を無視して、教会に集う者全員に異言の賜物を強要したり、解き明かす者がいないにも関わらず、公の場で祈ったり語ったりすることを許容してはならないのです。

 

公の場で異言を用いる時は、神の秩序に従って『ふたりか多くても三人で語り、ひとりは解き明かしをすべき』です。解き明かす者がいないなら、異言の賜物を持った人は自分の心の中で祈るか、家でひとりで祈るべきです。

cf マタイ6:6ーあなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。

 

1コリント14:40ーただ、すべてのことを適切に、秩序をもって行いなさい。 

これが『秩序ある神の教え』であり、神から与えられた賜物は、神の秩序の中で用いるものです。

キリストの花嫁なる教会の徳を高めるために…。

† 栄光在主 †